「ん…」
身を捩って目を開ける。
そうだ、確かなまえと花見に来たんだっけ。
一瞬どこにいるのか分からなかったが、覚醒していくに連れて自分の状況を把握した。
なまえは、と…。
上半身を起こして隣を見ると、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っているなまえがいた。
あれだけ『せっかくのお花見なんだから楽しそうにしてよ』だかなんだか言っていたくせに。
「……まぁ、いいか」
おそらく弁当を作るのに早起きでもしたんだろう。
なまえから弁当箱に視線をやる。
いくら少食の俺でも、さすがに腹がへった。
「た、くみ」
不意に名前を呼ばれ、心臓が跳ねる。
「それ、私のお菓子…」
「なんだ、寝言か」
むにゃむにゃと口元を動かしているなまえは、子供の時から変わっていない。
いや、変わったか。
中学に入ってから急に可愛くなった。
周りの男子の見る目が明らかに“好意”や“下心”を持つようになり、本人が自覚していないから余計危なっかしくて気が気ではない。
少しでも自覚があれば俺もこんなに苦労することはないのに。
彼女を作る暇さえない。
「無自覚が一番怖いよ」
彼女に付いている桜の花びらを取ってやり、頭を撫でた。
俺より少し明るい茶色い髪は、日の光に反射してキラキラと光っている。
「くしゅんっ」
寝ながらくしゃみをしたなまえ。
いくら春といっても、薄手の服で外で寝たら寒いだろう。
俺は着ていたアウターを彼女にかけてやった。
身を捩って声を漏らし、起きてしまったかとヒヤヒヤしたが、また寝息をたて始めたのでふぅと息をはいた。
「……なまえとあと何回、花見が出来るかな」
もしなまえに彼氏が出来て、俺じゃなくソイツを優先させたら俺はどうするだろう。
……だめだ。
なまえが俺以外の男といるのが想像出来ないから考え付かない。
「なまえに彼氏、ねぇ」
頭上には葉桜に変わってしまった桜の木。
手を身体の後ろに置いてそれを見上げた。
「おーい、なまえちゃーん」
小さな身体を丸めて眠っている彼女を揺すって起こす。
「ん、んー?」
ゆっくりと目を開いて目の前を俺を見つめて数秒。
ぎゅーっと抱き付いてきた。
「んー」
「なに?どした?」
額を押し付けて強く抱き締められる。
いくら幼なじみでも体に悪いから。
色々と。
引き離そうと手をなまえに触れた時、彼女はポツリと漏らした。
「…怖い夢」
「見たの?」
コクリと頷くなまえ。
俺は淡く笑って頭を撫でてやる。
「よしよし」
なまえが何かあると必ずやる仕草。
今みたいに怖い夢を見たとき、成績が悪くて落ち込んでいるとき。
いつも慰めるのは俺の役目。
別に嫌じゃない。
寧ろ嬉しく思う。
なまえが頼れるのは俺だけ、そう思うと何故か優越感に浸れた。
「ねぇ、拓海」
「ん?」
腕の中にいたなまえは顔を上げて俺を見た。
「…………」
「え?」
ざわっと木々が揺れたせいでうまく聞き取れなかった。
「ごめん、聞こえなかった」
もう一度聞きたくて彼女の言葉を待つが、なまえはニコッといつもの笑顔を浮かべて俺から離れた。
「ばーかって言ったの」
「はぁ?」
期待して損した。
目の前の彼女は可笑しそうに笑っている。
よかった。
もう怖がっていない。
「寝たらお腹すいちゃった。早くお弁当食べよう!」
「お前なぁ」
「ほら、ちゃんと手を拭く!」
ウェットティッシュを渡されて手を拭いている間に、包まれていたお弁当が広げられていく。
全て俺が好きなものだ。
「いっただっきまーす!!」
「いただきます」
色とりどりのおかずは美味しくて、いいお嫁さんになれるなと言ったらなまえは一瞬だけ複雑そうな顔をして『貰い手がないから』と笑った。
それが嫌に頭に残ったんだ。
end