事務所から出て私達は一言も発することなく歩いていた。
彼との手は繋がれたまま。
離すタイミングを失ったというのもあるけど、何より拓海と手を繋いでいたかったからそのままにしている。

ぎゅっと力を込めてみると、ぎゅっと握り返される。
拓海がそばにいるという証明。
嬉しくて嬉しくて、つい口許が緩んでしまうのを俯いて隠す。

暫く歩いていた私達は公園の前に差し掛かり、自然と足が止まった。

小さい頃は良く此処のブランコで遊んでいた。
どっちが高くこげるか、どっちが靴を飛ばせるか。
さすがに小学校高学年からはやらなくなったけど、たまに帰り道に寄ってブランコに乗ったりしていた。

「久しぶりにブランコ乗りたいな」

「…うん」

止めていた歩みを公園へと進める。
そして自然と離される手。
空気に触れて少しだけ寒い。

ギィ、とブランコに腰掛ける。
子供の頃のようにはいかないけど、私はゆっくりとこぎ始めた。

「よく此処で遊んだね」

「うん。靴飛ばしとかした」

「私いっつも拓海に負けてたなぁ」

どんなに勢いをつけて飛ばしても簡単に拓海に抜かされてしまっていた。
それが悔しくて何回もせがむけどついには1回も勝てずにそれで遊ばなくなってしまった。

「ぽーんって飛ぶ拓海の靴が羨ましかった」

「なにそれ」

可笑しそうにしている彼に微笑んでみせる。

「そうだ、久しぶりにやろうよ!靴飛ばし!」

「え?」

私は立ってブランコをこぐ。
その間に器用に片足の靴からかかとだけ脱いで準備をした。

「いっくよー!そりゃっ!」

投げ出された靴はくるくると回転しながら地面に落ちる。
久しぶりにやったけど、これは結構飛んだんじゃないかな。

「はい、次は拓海の番」

「はいはい」

彼はだるそうに返事をして、私と同じように立ちこぎを始める。
ギイギイと勢いをつけて『おりゃっ』と靴を飛ばした。

「あ…」

ポトッと落ちた場所は私の靴より遠い。
自信があったのにやっぱり負けてしまった。

「へへん、俺の勝ち」

嬉しそうにしている拓海。
さっきまでのだるさはどこに行ったのか。

「参りました」

両手を挙げて降参ポーズ。
遠くにある2足の靴を取りに行こうと片足で立ったが、いつの間にか止まっていた拓海に手で制された。

「いいよ。なまえはケンケン下手でしょ」

「そんなことないよ!」

「いーや、下手。すぐ両足でついて靴下汚してただろ」

そう言われてうっと言葉につまる。
確かにケンケンしてると気付けば両足で歩いている。

「俺が取ってくるよ」

「…ありがとう」

その言葉を聞いてから拓海はケンケンして靴の所まで行った。
そういえば小さい頃もよく拓海に取ってもらってたっけ。

もう一度ブランコに座ってゆっくりこぎ始めた。
静かな公園には、ギィギィというブランコの音がよく響く。

「はい、靴」

「ありがとう」

ブランコを止めて、足元に置かれた靴を履いた。
そして立ち上がり、拓海へ身体を向ける。

「ねぇ拓海」

「んー?」

言わなくちゃいけない。
この想いを、拓海へ全て。

「今日ね、拓海に言いたいことがあってきたの」

「…うん」

ぎゅっと拳に力が入る。

「…保健室に運んでくれてありがとう」

「え?」

「ユミちゃんから聞いたの。授業中なのに駆けつけてくれたんだって?」

「あ…うん」

拓海は恥ずかしそうに頬を掻いている。
恥ずかしい時によくやる彼のくせ。

「すごく嬉しかった。ありがとう」

「…………」

へらっと笑ってみせると、不意に拓海の手が私の頭に伸びてきた。

「俺の方こそ、ごめん」

「なんで拓海が謝るの…?」

「なまえが倒れたの、俺のせいだから」

「そんなの…」

違うよ、とは言えなかった。
だって今にも拓海は泣きそうだったから。

「ほんと、ごめん」

「…もう大丈夫だよ」

腕を挙げて出来もしない力こぶを作ってみせる。
ほらね、と言えば拓海は眉尻を下げて笑った。

「それとね、もう1つ言いたいことがあるの」

「なに?」

もしかしたらまたフラれるかもしれない。
今度こそ二度と前のような関係にはなれないかもしれない。

けれど、伝えなくちゃ。

すうっと息を吸って、真っ直ぐ拓海の目を見た。

「拓海が大好き」

視界の端には小さな星がいくつも輝いていた。



end



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