驚いた表情で私を見つめる拓海。
何か言わなきゃと思うのに何も浮かんでこない。
さっきまでの意志は脆くも崩れ去ろうとしていた。
「…何してんだ?こんな所で」
「あ、いや…」
きょろきょろと視線を動かす。冷や汗が背中をツーと伝った。
「ちょっとお散歩しに…」
「そんな格好で?」
「うっ」
今の私は完璧な部屋着。
どこからどう見ても散歩をする格好ではない。
「あ、あのっ、この格好は…」
「ぷっ」
「え…?」
いきなり、小さく吹き出した拓海。
驚いて彼を見れば身体を小刻みに震わせていた。
「拓海…?」
「……っ、ごめん。慌てるなまえが面白くて…ふっ」
「な、なにそれ!」
こっちは真剣なのに!
拓海は片手を私に突き出して『ごめん、落ち着く』と言った。
息を整えて私を見る拓海はいつもの拓海で。
それに凄く安心した。
「…なんか、久しぶりだね。拓海とこうやって話すの」
そう呟いた私に拓海は一瞬だけ目を泳がせてから頷いた。
「ホント」
「えへへ」
恥ずかしそうに笑って拓海に近付く。
ちゃんと言わなきゃいけない。
拓海に私の想いを。
意を決して口を開いた私に拓海の手が伸びる。
ふわり、と髪を優しく梳かれた。
「髪、すげーボサボサ」
「…………っ」
久々に感じる拓海の暖かさに熱が顔に集まる。
梳かれている所がくすぐったい。
「相変わらずなまえの髪は柔らかいね」
「そう、かな」
緊張しすぎて言葉が喉に張り付いたように出てこない。
ドクンドクンという心音は拓海にまで聞こえているんじゃないかという程、頭の中に響いていた。
「昔からなまえの髪を触るのが好きでよく撫でてた」
梳かれていた手はいつの間にか頭に置かれている。
いや、撫でられている。
なんだか拓海の様子がおかしくて、気になった私は視線を彼に移した。
視線が絡み合ってより一層心音が大きくなった。
優しくて透き通るような眼差しに心臓がわし掴みされて、頭がクラクラする。
このままじゃもたない、そう思った時だった。
「あれ?なまえちゃん」
不意に聞こえた声に拓海の手が引っ込められる。
よ、よかった!助かった!
ちらりとドアの方を見ると、オーナーさんがひょっこり顔を出していた。
「オーナーさん!」
「いらっしゃい。久しぶりだね」
その言葉に私は曖昧に笑ってみせた。
あんなことがある前までは拓海のバイトがある日に良く通っていた。
メニューは決まってジンジャエールとフォンダンショコラ。
オーナーさんが作るフォンダンショコラが今までで1番美味しいと思う。
「拓海、今日はもう上がりでいいぞ」
「え?けど時間までまだ…」
「いいから。それとも何か?なまえちゃんを1人で帰らそうってか?お前がそんな薄情な男だったとは…ガッカリだよ」
「わ、分かりました!上がらせてもらいます!」
すごく強引に話を進められ、私はどうしたらいいか戸惑ってしまう。
するとオーナーさんが優しく笑いかけてくれた。
「ただちょっとだけ片付けしてもらうから、なまえちゃんは事務所にいて」
「え?でも私みたいな部外者が事務所に入ってもいいんですか…?」
「平気だよ。むしろお店に居られるよりいいかな」
オーナーさんの視線が私の服に移動する。
彼の言いたいことが分かって一気に恥ずかしくなった。
「す、すみません!そうですよね、こんな格好じゃお店に入れないですよね」
「うん、一応他のお客様の目があるし。ごめんね」
「いえそんな!」
軽く頭を下げるオーナーさんに私は手と頭を振る。
「さっ、いつまでも此処に居ないで中に入ろう」
オーナーさんに促され、私と拓海はそれぞれ中に入っていった。
end