「うん、もう大丈夫だよ」
そう言うと、電話口のユミちゃんが安心したのが伝わってきた。
『良かった…急に倒れるからびっくりしたんだよ!!?』
「やっぱり寝不足はダメだね」
『そうだよ!ちゃんと食べてちゃんと寝る!基本でしょ!!』
とか言いながらユミちゃんが1日2食だってことを知っている。
朝はいつもギリギリに起きるから食べる時間がないとかなんとか。
「はいはい、分かりました」
『返事は1回!』
「はーい」
『ったく…それより、明日どうするの?』
「明日?」
明日…何かあったかなぁ?
うーんと頭を捻って考えるが、答えが出るよりも早くユミちゃんが呆れたように息を吐いた。
『野中と約束してるんでしょ?』
「………あっ!」
そうだ、野中くんに映画を観に行こうって誘われていたんだ。
「もちろん行くよ」
『はぁ!!?だってあんた今日倒れたんだよ!!?それなのに行くの!!?』
「だ、だってもう平気だし、それにせっかくのタダ券…」
『あんたね』
再びユミちゃんに深く息を吐かれる。
呆れられてる…!
『せっかく拓海クンが心配して運んでくれたってのに…』
「え?」
拓海が…?
『聞いてないの?』
「うん…ってか拓海からメールきてないし」
お姉ちゃんも何も言っていなかった。
だから、やっぱり拓海は私のことなんてなんとも思っていないと思ったのに。
「拓海が運んでくれたんだ…」
『初めは野中が運ぼうとしたんだけどね。昇降口で息切れした拓海クンに会ったんだよ。授業を抜け出して』
きゅーっと胸が苦しくなる。
拓海に運ばれて手を繋いでくれた、というのは夢じゃなくて。
現実だったんだ…。
「ユミちゃん、どうしよう」
『んー?』
「私、すっごく嬉しい」
『なまえ…』
拓海が私を運んでくれた。
拓海が私の心配をしてくれた。
拓海が…。
『ねぇなまえ。私ね、拓海クンに恋をしてるなまえが大好きだよ』
「え…?」
『毎日が楽しそうでキラキラしてて、そんななまえを見てると私まで楽しくなった』
けど、とユミちゃんは声のトーンを落として続ける。
『今のなまえは無理して笑ってる。キラキラしてない』
「…………っ」
拓海にさよならしてから、私の世界は輝かなくなった。
まさかそれがユミちゃんにバレていたなんて。
『拓海クン、今日バイトなんだって』
ただ一言、ユミちゃんが言った。
「……行ってくる」
『うん』
少しだけ声が弾んだユミちゃんに別れを告げて部屋を飛び出す。
ドタドタと階段を降りる音を聞いたお姉ちゃんがリビングから顔を出した。
「なまえ!!?あんた何してるの!!」
「拓海の所に行ってくる!」
「拓海!!?だってあんた今日倒れ…」
「行ってきます!!!」
「待ちなさいなまえっ!」
お姉ちゃんの声を無視して家を出た。
走って走って、足がもつれそうになっても走って。
酸素が足らなくなってきても足を止めることはなかった。
ただひたすら、拓海を想って―――…。
******
「はぁっ、はぁっ」
肩で息を整える。
目の前には今拓海が働いているであろうカフェがある。
入ろうとしてガラスに映った自分を見てハッとした。
慌てて出てきた為にボサボサの髪で服は部屋着だ。
かぁっと顔に熱が集まってくるのが分かる。
私、これで来ちゃったんだ…。
こんな格好で拓海に会うなんて出来ない、そう思った私は日を改めようと踵を返した時だった。
「なまえ…?」
後ろでドアがガチャッと開き、聞き慣れた声が耳に届いた。
振り返らなくても分かる。
「た、くみ…」
大好きな彼がそこにいた。
end