「恋は気付くと成長してる、か」
バイト先の事務所で着替えながらポツリと呟く。
まさか蓮に気付かされるとは思ってもみなかった。
なまえに対するこの気持ち、抑えようとしても膨らむこの想い。
それが“恋”のせいだというならしっくりくるから不思議だ。
「そっか、俺はなまえが好きなんだ。」
しかし気付いた所でどうしろと言うのだ。
一度断ってしまったのに今さら『なまえが好きだ』と言えるはずがない。
「はぁ…」
まさか恋がこんなに厄介なモノだとは思わなかった。
「どうした、青少年。ため息なんか吐いて。」
「あ、オーナー」
がっちゃんのいとこであるオーナーとは結構話が合う。
兄貴がいたらこんな感じなんだろうな。
「何か悩み事か?」
「まぁ、そんな所です」
「分かった、なまえちゃんだろ」
「えっ!!?」
「図星か」
ニヤッと口角を上げて笑うオーナーにキッと睨んでみせた。
「そう怒んなよ。そういや最近見ないな、なまえちゃん。お前何かしたんだろ」
「うっ」
当たっているから言い返せない。
そんな俺を見てオーナーはからからと笑った。
「青春っていいねー」
「オーナーは早くお嫁さん見つけなよ」
「ばかやろー、今はお嫁さんより仕事だっての」
バシッと叩かれた頭がじんじん痛む。
何か言い返そうかと思ったがやめた。
機嫌を損ねてシフトが大変なことになってしまったら…。
「んで?お前より少しだけ年上のお兄さんに相談してみなさい」
“少しだけ”と言う言葉は聞かなかったことにしよう、うん。
「……なまえに告白されたんです」
「ほぉー」
よかったじゃねぇか、とオーナーが嬉しそうにするもんだから言葉を濁す。
「そう、なんですけど…」
「フったと」
「……………はい」
「あんな可愛い子をフるなんてもったいないねー」
まぁ座れ、と椅子を引かれる。
しばらくそれとオーナーを見比べていたが俺は大人しく座ることにした。
「確かになまえは可愛いです。でも今まで幼なじみとしてしか見ていなかったから、いきなり告白されてもピンと来なくて」
“私は、拓海に恋してるの!”
そう言われてもすぐに理解出来なかった。
ただなまえは涙を必死に堪えていて、それを見た俺は動けなかった。
「まさかそう想われていたなんて…」
「全然気付かなかった?」
コクリと小さく頷く。
本当に全く気付かなかった。
けど今思えば、思い当たる点が何個もある。
バレンタインのチョコを受けとる時に『早く本命が作れるようになれよ』って言えば泣きそうになってたし、なまえが代わりにラブレターを持ってきた時だって作った笑顔で『モテる人は辛いね』なんて言っていた。
俺はなんて残酷なことをしていたのだろう。
「で?今はどう思ってんの?」
「今は…」
ぐっとこぶしを握ってそれを見つめる。
そしてゆっくりと口を開いた。
「なまえが好きです」
「うん。じゃあ言ってあげろよ」
「けど1回断ってるんですよ?それを今更告白するなんて、そんな勇気ないです」
もしかしたらもうなまえは俺のことを何とも思っていないかもしれない。
告白してもただの迷惑になってしまうかもしれない。
「お前はバカか」
「いてっ」
ピシッとデコピンをされる。
じんじんと痛むそこを押さえてオーナーを見ると、彼は頬杖をついて顔をしかめていた。
「なまえちゃんはその何倍もの勇気を振り絞ったんだぞ。思うになまえちゃんはずっと前から拓海が好きだった、そうだろ?」
「…はい」
「しかもお前はなまえちゃんのことを“幼なじみ”としてしか見ていない。告白してもフラれる可能性の方が大きい。それなのに頑張って想いを伝えたんだ」
あの日がフラッシュバックする。
涙をためていたなまえ。
華奢な身体は小刻みに揺れていた。
「お前のそれなんか足元に及ばない程のな」
「……………」
「さっ、仕事すんぞ仕事」
ぽん、と肩に手を置かれて促される。
「…オーナー」
「んー?」
「ありがとうございました」
そう言ったら彼は笑って出ていった。
end