夢を見ていた。
ゆらゆらと身体が揺れて、ふわふわと拓海の香りに包まれて。
起きたら私の頭を撫でていて、夢から覚めたくなくて『手、繋いでて』って言ったら優しくぎゅっと握ってくれた。
そんな、夢。
ガタン、と身体が揺れてゆっくりと目を開ける。
見たことがある空間に疑問を持って顔だけ動かしてみた。
見知った人の後ろ姿に、聞き慣れた曲。
ゆっくりと揺れるこの空間。
あぁ、これはお姉ちゃんの車だ。
「お姉ちゃん」
「あ、起きた?」
「うん」
身体を起こして伸びをする。
今まで寝ていたお陰で具合もすっかり良くなった。
「まだ寝てなよ」
「もう大丈夫」
深く座り直して窓の外を流れる景色を見つめる。
見慣れた街並みにほっと息をついた。
「病院はどうする?」
「んー、いいや」
「…そう」
お姉ちゃんはただ一言発すると、車内の冷房を弱めた。
「ユミちゃんにメールしておきな?すっごく心配してたから」
「あ、うん」
いつものくせで制服のポケットを漁ってみるが、今着ているのがジャージだと気付いて制服を探す。
するとお姉ちゃんに『助手席だよ』と言われてそこに目をやると、バッグの隣にキレイに畳まれた制服があり、さらにその上に携帯が置いてあった。
パカッと開いてディスプレイを見ると、友達から何通ものメールがきていた。
ただそこには拓海の名前はない。
ズキン、と胸が痛む。
私はまだ拓海が好きなんだと思い知る。
それよりもユミちゃんにメールしないと。
そう思ってメールの新規作成をしようとボタンを押すのより一瞬早くメールがきた。
「あ…」
蓮からだ。
思わず顔が綻ぶと、お姉ちゃんに『拓海から?』と聞かれた。
「ううん、蓮だよ」
「へぇ」
ニヤニヤしているお姉ちゃんを無視して携帯を開く。
彼らしい文面で私を気遣っている様子がうかがえた。
“大丈夫、心配してくれてありがとう!”と、簡単に返信した。
ユミちゃんには少し長めに返信して携帯を閉じる。
「ねぇ、なまえ」
「んー?」
ストラップを弄っている手元からお姉ちゃんの方を向いた。
「拓海と何かあったでしょ」
「…………っ!」
ギクリと身体が跳ねる。
それをお姉ちゃんが見逃すはずもなく、深く息を吐かれた。
「やっぱりね。まぁ察するに…フラれた?」
「お、お姉ちゃん!」
「当たったか」
妹がフラれたというのに、お姉ちゃんはからからと笑っている。
ひ、ひどい!
「何も笑うことないじゃん!」
「いやいや、別になまえがフラれたから笑ってるんじゃなくて、若いっていいなぁと思っただけよ」
「お姉ちゃんだってまだ21じゃん」
「あのね、大学生と高校生なんて全然違うのよ」
2階まで行くのに膝が笑うんだから、と言ったお姉ちゃんだけど、それは別に年齢じゃなくて単なる運動不足なんじゃないかと思う。
「ましてや恋愛なんてものも、ね」
「…いいよね自分は。中学からなっちゃんと付き合ってるんだもん」
「でも5回は別れたよ」
「え?」
それは初耳だった。
てっきりなっちゃんと上手くいってるものだと…。
「意見の相違とか、環境とか、まぁ色々あったわね」
「そう、だったんだ…」
「浮気されたときは刺してやろうかとも思ったね」
あっけらかんと言うお姉ちゃんに驚く。
だって、私の前ではそんな話も素振りもされなかったから。
「それでもやっぱり夏生のことが好きだし。後悔はしたくないから」
「後悔…」
「だからなまえもそれだけはしちゃダメよ?」
ね?と悪戯っぽく笑うお姉ちゃんには敵わない。
私は曖昧に笑って頷いた。
end