起きてすぐ感じたのは身体の不調。
おかしいなと思いつつも着替えてリビングにいくと、私を見たお姉ちゃんが目を丸くした。

「顔真っ青じゃない!!」

「うん…ちょっと気持ち悪い」

近寄ってきたお姉ちゃんに腕を引かれてソファーに腰掛ける。
それだけでも酷い倦怠感が襲った。

「お父さんとお母さんは?」

「お父さん達はアメリカでしょ」

ぼーっとする頭で考え込む。
そうだ、確か去年からアメリカに出張してるんだ。
私達が手の掛からない程成長したからって。

「今日は学校休みな」

「やだ」

「やだってあんたね…」

「だって今日はテスト最終日だし…それに受けないと内申点に響いちゃうもん」

「内申点よりも体調が大事でしょ」

「内申点の方が大事だもん」

お姉ちゃんと同じ大学に行きたいの、って言えばお姉ちゃんは困ったように眉を下げた。

「…分かった。学校まで送っていくから、ギリギリまで休んでな」

「うん、ありがとう」

へらって力なく微笑んでみせると、ふわりと頭を撫でられた。

体調が悪いのは、ここ暫く寝ていないから。
勉強をしていたというのもあるけど、一番の原因は拓海だ。
やっと普通に接しようと心に決めたあの日、この前の土曜日。
彼の言動が気になってしまい、眠れなかった日々が更に眠れなかったのだ。

「期待、しちゃダメなのに」

「え?何か言った?」

「ううん、なんにも」

やんわりと頭を振ってみせると、お姉ちゃんは『そう?』とだけ言って朝食の準備を再開した。





*****





「いい?無理しないで何かあったらすぐに保健室だからね?」

「うん」

「なんだって午後に授業なんてあるのよ…」

お姉ちゃんはぎゅっと眉根を寄せて深く息を吐いた。
私は『仕方ないよ』と笑って一歩下がる。

「送ってくれてありがとう」

「気にしないの」

ガチャガチャと手元のチェンジレバーをDに入れて、フットブレーキを解除する仕草が見えた。
もう一度私に『何かあったらすぐに保健室!』と言い残して、お姉ちゃんは車を発進させた。

「ふぅ…」

暑さと疲労でフラフラする身体に力を入れて歩き出す。
下駄箱で上履きに履き替えて靴を仕舞おうと屈みこんだ。

「おはよ」

聞き慣れた少し低い声に、靴を拾い上げながら顔を見る。

「蓮、おはよう」

「…どうしたの?」

何にたいしての質問なのか分からなくて首をかしげると、彼はゆっくりと口を開いた。

「具合悪そう」

「あ、うん…」

こくりと頷いてみせると、彼の手がスッと私に向かって伸びてきた。

「熱、はないみたいだね」

「うん、ちょっと調子が悪いだけだよ」

だから大丈夫、その意味を込めてにっこりと笑った。
しかし蓮は眉間にシワを深く刻む。

「安堂…が関係してるとか?」

びくりと身体が震えた。
彼はそれを肯定と捉えたみたいで、オデコから頭に手が移動する。

「無理しちゃダメだからね」

それは体調の事を指しているのか、それとも拓海の事を指しているのか。

たぶんどっちも。

だから私は小さく頷いて笑った。

「なまえ、おはよー!」

「おはよう」

クラスの子に挨拶をされて返す。
彼女は隣にいる蓮を見て顔を真っ赤にした。

「いいい一ノ瀬くんも、おおおおはよっ」

「? おはよ」

あわてふためく彼女に首を捻る蓮が可笑しくてクスッと喉で笑った。

他人の事は鋭いのに、自分の事だと鈍いんだから。

クラスの子は真っ赤な顔のまま私達の前から去っていく。
教室に行ったら問いただされそう。

「私達も教室に……っ!!?」

急に襲われた目眩に身体がぐらりと傾く。

「なまえ…っ」

倒れこむ直前、肩に近い腕の辺りをガシッと掴まれる。
そのおかげでなんとか倒れずにはすんだ。

「ごめん、ありがと」

力なく笑うと彼は眉根をぎゅっと寄せた。

「やっぱり保健室に…」

「平気だよ。ほら、早く行こう」

無理矢理蓮の腕を解いて前を歩く。
後ろで一瞬躊躇ったような気配を感じたが、彼はすぐに隣にやってきた。

「無理は…」

「しないから大丈夫だよ」

蓮は本当に優しい。
だからつい甘えてしまいそうになるけど、それはいけない。

「ね?」

蓮は私の大切な友達だから。



end



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