「やっぱり、漫画みたいにうまくいかないか」

叩かれた左頬がヒリヒリ痛む。
そこを押さえてその場にしゃがみこんだ。

もしかしたらと考えた。
漫画みたいに好きな人が助けてくれる、そんな淡い期待。
だけど世の中そんなに甘くない。
先輩が振り上げた手は止められることなく私の左頬を叩いた。

「…でも」

左頬よりも、痛むのは胸の奥。
ぎゅーっと掴まれたように痛い。

―――貴女みたいなただの幼なじみに付きまとわれて

そんなの、言われなくても分かってる。
私は拓海の“ただの”幼なじみで、それ以上でもそれ以下でもない。

知ってる、知ってるよ。

「…………っ」

私が一番知ってるよ。

バレンタインチョコをどんなに頑張って作っても私のは所詮“幼なじみの義理チョコ”。

知らない子から拓海にラブレターを渡すのが私の役目。

違うのに。

バレンタインチョコは毎年本命として拓海にあげてるし、ラブレターだって渡さないで破り捨てたい。

でも、私は拓海の“ただの幼なじみ”だから。

“彼女”じゃないから。

「ふっ、く…うっ…」

私が拓海の隣にいられるのは幼なじみだから。

ただ、それだけ。

「なまえっ」

不意に聞こえた声。
大好きな大好きな、拓海の声。

思わず顔を上げると、ばっちり目が合った。
私は慌てて涙を拭う。そしてにっこりと微笑んだ。

「どうしたの、拓海」

「…………」

彼はじっと私を見つめる。
その沈黙に耐えきれず、私はまた口を開いた。

「お腹空いちゃったなぁ…拓海は食べたよね?もう予令が鳴っちゃうし、放課後どっか行こー」

「何されたの?」

びくりと身体が反応する。

「な、何が?」

「先輩達に」

拓海は知ってる。
私が先輩達に呼び出されてここまで来たことを。

「別に何も?」

「じゃあ…」

ゆっくりと私に近づいて視線を合わせるため、目の前にしゃがんだ。

「なんでここが赤いの?」

悲痛な顔をしながら、拓海はそっと私の左頬に手を伸ばした。
触れた所がヒリヒリ痛む。

「こ、転んじゃって」

「そんな器用な転び方、なまえには無理でしょ」

「うっ」

「正直に言いなって」

まっすぐ私を見据える彼の視線から逃れられない。
私は恐る恐る、先程の出来事を拓海に話した。





*****





「で、こう…バチン、とですね」

かいつまんで話していくうちに拓海の表情が険しくなっていったので、私は努めて明るく話した。

「あ、でも別に痛くなかったよ!ちょっとびっくりしただけで…」

「…………はぁ」

彼は頭をがしっと掻いて下を向く。
どうしたのかと覗き込もうとした瞬間。

「わっ」

気付けば拓海の腕の中にいた。

「なんで笑えるの?」

そう言った拓海も笑ってた。

痛かったはずの胸がきゅんってなる。
心臓を痛め付けてるな、私。

「まぁなまえらしいけど」

「そう、かなぁ」

「うん」

頭を優しく撫でられる。
拓海が慰めてくれる時、いつもやってくれる仕草。

私はこれが好きだったりする。
暖かくて、優しくて、すごく好き。

「俺の前では無理しないでいいんだよ。幼なじみなんだから」

今度はズキンと心臓が痛んだ。

「…幼なじみじゃなかったら」

「え?」

自然と溢れる言葉は止まることを知らない。

「幼なじみじゃなかったら拓海はこんなことしないよね」

「なまえ、何言ってんの?」

「仮定の話をしているの」

「そうじゃなくて」

はぁ、と面倒臭い子を相手にしたときに出るため息をつく拓海。
それが癪に障ってしまって、どんっと突き飛ばした。

「いってー」

私に突き飛ばされた拓海は尻餅をついている。
そして眉根を寄せて私を見た。

「いきなり何?」

怒ってる。
こんなに怒った拓海は久しぶりだ。
前に怒ったのはいつだったっけ。

「拓海は、私の事、どう思ってるの」

「どうって、そんなの決まってるじゃん」

「ただの幼なじみでしょ?」

「ただのって…」

違うって言ってほしい。
なまえは幼なじみなんかじゃなくて、普通の女の子でしょって。

「なまえはただの幼なじみじゃないよ」

瞬間、私は嬉しくなった。
でもそれはすぐに崩れ落ちる。

「大切な幼なじみ」

「………っ」

ほらね、やっぱり。
世の中そんなに甘くない。

私は所詮、拓海の“幼なじみ”でしかない。

それ以上でもそれ以下でもない、幼なじみという位置。

「もう、無理」

「え?」

これ以上一緒にいても、私は幼なじみ以上の存在にはなれない。

だったらもう…、

「私、拓海が好きだよ」

「今更何言ってんの?俺だってなまえが好きだよ」

「違う、違うの」

「何が違うの?」

「私の好きと、拓海の好きは種類が違うの」

拓海の好きは、幼なじみとしての好き。
私の好きは、恋なの。

「私は、拓海に恋してるの」

予令のチャイムが聞こえた。



end



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