「ここでいいかしら」
ついていった先は裏庭。
あまり人目につかない場所で、こういう呼び出しにはもってこいだ。
「単刀直入に聞くけど、貴女は一ノ瀬くんと付き合ってるの?」
「…いえ」
「嘘はいいの」
「嘘じゃ…」
ざっと一歩詰められ、反射的に下がる。
しかし背中にどんっと壁が当たり、もうこれ以上下がれなくなってしまった。
「一ノ瀬くんは貴女にだけ笑ってくれるそうじゃない」
「それは私が友達だから…」
「男と女の友情なんてないのよ」
そんな事ない。
現に私と蓮は友達だ。
そう言いたいのに言葉が出てこない。
「安堂くんとは幼なじみみたいね」
「は、はい」
「安堂くんも可哀想。貴女みたいなただの幼なじみに付きまとわれて」
「え?」
ただの、幼なじみ…?
「きっと迷惑だよね。だってどこ行くにも一緒なんでしょ?」
「そうそう。後輩が言ってた」
先輩達は何か話してるけど、私の耳には届いていない。
さっき言われた“ただの幼なじみ”という言葉が頭を駆け巡っている。
知ってるよそんなの。
私は拓海にとってただの幼なじみだって事ぐらい。
耳を塞ぎたくなるのをぐっと堪えて下唇を噛んで俯いた。
「大切そうに教科書持ってるけど何?」
「あっ!」
突然の出来事に対応できず、先輩に蓮の教科書と電子辞書を取り上げられてしまった。
「あぁ、安堂くんの?」
「違います!それは蓮の…っ」
「へぇ」
「一ノ瀬くんから教科書借りたんだ」
「………っ」
取り囲む空気の温度が下がる。
「一ノ瀬くんと安堂くんと仲がいいなんて、本当にムカツク」
真ん中にいる先輩の手がスッと振り上げられる。
次の行動を予測した私は、ぎゅっと目を閉じた。
*****
「拓海クン!」
教室で友達と弁当を食べていると、なまえの友達(確か名前はユミちゃん)が慌ただしく入ってきた。
「どうしたの?」
「なまえ知らない?」
「なまえ?」
「うん。一ノ瀬クンから借りた教科書を返してくるって出ていってまだ戻ってきてないの。ご飯もまだ食べてないし…」
もう昼休みも終わる時間だ。
ご飯が大好きななまえがまだ食べてないなんて…まさか変な野郎に…。
「なまえがどうしたって?」
肩を掴まれて振り向くと、そこには眉根を寄せた蓮がいた。
「なまえが、ここに来るって出たのにどこにも見当たらないんだ」
「携帯にかけても出ないし…」
しゅんと落ち込んでるユミちゃんの頭を撫でてやる。
「大丈夫だから」
「拓海クン…」
ユミちゃんは小さく頷き、また携帯でなまえに電話をかけ始めた。
「一ノ瀬くーん!」
俺達の暗い空気とは裏腹に、バカに明るい声が教室に響いた。
「この教科書、一ノ瀬くんのだよね?」
先輩だと思わしき人の1人が蓮に教科書を差し出した。
それを見た蓮は眉間のシワをより一層深くし、ユミちゃんは小声で俺に話しかけた。
一ノ瀬クンがなまえに貸した教科書、と。
「さっきみょうじさんと会って、これを一ノ瀬くんに渡してくれって言われたの」
「彼女、気分が悪くなったとかで保健室に行ったわ」
ピクッと身体が反応する。
「全く無責任よねー。一ノ瀬くんから借りといてさ」
「なまえはどこにいるんですか?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
なるべく平静を装うとしたのに。
目の前にいる先輩達もビクリと身体を震わせる。
「だ、だから保健室に…」
ガタンッ
思わず机を蹴っ飛ばす。
誰のだか分からないけど中身が散らばった。
気分が悪くなって保健室に行くようならなまえは絶対に誰かに連絡する。
『少し気持ち悪いから保健室に行ってくるね。あっ!心配しなくていいから!』とか。
なのになまえが俺やユミちゃんに言わないなんて、そんなの有り得ない。
「どこにいるんですか!!?」
「……………っ!」
「拓海クン!」
俺を止めようと名前を呼ぶユミちゃんを無視して先輩達に詰め寄る。
彼女達の表情は恐怖に歪んでいた。
「なまえはどこにいるんだっ!」
「安堂落ち着け!」
蓮は俺を羽交い締めにして抑えている。
きっと先輩達に殴りかかりそうな雰囲気を出していたから。
「………わ」
ボソッと呟いた先輩に視線を移す。
彼女は泣きそうな顔で俯いていた。
「たぶん、まだ裏庭に…」
「…………っ!」
蓮を振り払い、俺は教室を飛び出た。
ユミちゃんが俺の名前を呼ぶが聞こえないふりをして駆ける。
中学までは同じクラスだったなまえをそういうのから護るのが俺の役目だった。
常に一緒にいれば呼び出されることはなくて、嫌がらせもなまえは黙ってたけど誰か突き止めて釘を指していた。
高校に入って初めてクラスが別々になって心配してたけど、ユミちゃんという友達も出来て、そういうのが無くて油断していた。
そんな自分がやるせない。
大切な幼なじみであるなまえが傷付くのを見たくないのに。
「ごめん、なまえ」
もっともっと、走るスピードを上げて裏庭へ向かった。
end