拓海の教室から戻り、席に着いて蓮が貸してくれた教科書を机に置く。
「拓海クンの?」
「ううん、蓮の」
まだ橋本くんの席に座ってるユミちゃんが、蓮の名前を聞くと目を丸くした。
「いつも拓海クンから借りてるのに珍しいね」
「たまたま拓海がいなかったから」
タイミング悪くトイレにでも行ったんだろう。
今まで教科書を借りに行く時はそんな事なかったのに。
なんだかイヤだな。
「なまえ、気を付けてよ?」
「なにが?」
「一ノ瀬クンのふられんぼ同盟とファンクラブ」
「へ?」
ふられんぼ同盟?ファンクラブ?
私があまりにも間抜けな顔をしたためか、彼女は深く息を吐いて頭を振った。
「知らないなんてあんたぐらいよ」
「そんなに有名なの?」
「まぁね。ふられんぼ同盟は一ノ瀬クンにフラれた女の子で結成されて、ファンクラブはその名の通り」
さすがは蓮だ。
ふられんぼ同盟は良く分からないけど、ファンクラブがあるなんて。
「ふられんぼ同盟の人達は一ノ瀬クンにフラれて彼の悪口とか言ってるみたいよ」
「なにそれ!」
好きだった人にフラれただけで悪口を言うなんて。
そんなの自分勝手だ。
「蓮は悪くないよ!」
「もちろん、あたしだってそう思ってるよ。でも現にそういう人達がいるから気を付けなさいね。なまえは一ノ瀬クンと仲がいいんだから、同盟の人達には『なんであたしはフラれたのにあの子だけ』とか、ファンクラブには『あたし達を差し置いて仲良くして!』とか、他にも嫌がらせとかされるかもしれないんだから」
蓮は学校内外で人気がある。
たぶん拓海より。
そんな彼と仲良くしてる私に反感を買う人は当然いるだろう。
でも蓮は私の“大切な友達”だ。他人にどうこう言われる筋合いはない。
「拓海クンだって人気があるんだよ?まぁ、彼の周りにはそこまでする人はいないだろうけど」
というか、拓海に集まってくる人達は私になんか興味はないんだと思う。
だってみんな私とは違って美人だし。
きっと私なんか相手にならないんだろうな…。
「なまえにもファンクラブはあるんだけどね」
「え?」
考え事をしていて上手く聞き取れなかった。
しかし聞き返してみたがユミちゃんは『なんでもないよ』と首を振るばかりだ。
なんて言ったんだろう。
「とにかく、何かあったらすぐ言いなさいね。あたしが助けてあげるから」
「ありがとう」
どんっと胸を叩いてにっこり微笑んだ彼女に、私も微笑み返した。
*****
授業が終わって昼休み。
返しに行くのが遅くなってしまったが、英語の教科書と電子辞書を抱えて廊下を歩いていた。
貸してくれたお礼に持ってきたお菓子も持って。
「それにしても来週から中間テストだなんて…」
はぁ、と肩を落とす。
あの後ユミちゃんに『そういえばあんた忘れてるようだけど、来週から中間テストだよ』と言われ、午前の授業と休み時間は中間テストで頭が一杯だった。
「うぅ…全然勉強してないよぉ」
拓海も拓海で教えてくれればいいのに。
自分が悪いんだけど。
「拓海と一緒に勉強…」
「みょうじさん」
考え込んでいた私の耳に、聞きなれない声が入ってきた。
振り返ると知らない女子数人が眉根を寄せて立っていた。
「どちら様ですか?」
見覚えのない顔。
たぶん先輩だと思う。
「一ノ瀬くんの事についてちょっと話があるんだけど」
「とっても仲良しな貴女に聞きたい事があるの」
「ファンクラブ代表として」
怖いぐらいにっこりと微笑む先輩方に一歩下がる。
これ、この感じ、マンガで読んだ事がある。
冷や汗が背中を伝ったのがわかった。
「…わかりました」
「ここだと人目があるからこっちに来て」
真ん中にいる先輩が歩き出したのでついていく。
それにしても呼び出されたのは初めてかもしれない。
中学の時も蓮と仲が良かったけれど、呼び出しなんてなかった。
嫌がらせはあったけど。
教科書を抱える腕の力を少し強めた。
end