眠り姫に捧ぐ
「ったく、何だって俺がこんなこと…」
ぶつぶつと文句を言いながら、腕の中にある大量のノートを職員室へと運んでいた。先程の授業でうっかり寝てしまった(昨日の仕事のせいで)俺に課せられたバツ。課題が増やされるのも嫌だが、こういう肉体労働も嫌だ。
「失礼しまーす」
足を使って器用にドアを開け、英語の担当教師の元へ歩み寄る。しかし先生はどうやら席を外していたみたいで内心ガッツポーズをしながら机に置いて立ち去った。
「なまえ待ってっかなー」
別に一緒に帰る約束はしていないが、俺達は自然と一緒に帰るようになった。あいつもわざわざ送迎の車を断って歩いて下校する。その時間がすごく幸せだ。
毎日何となく歩いていた通学路。だけどなまえがいるだけでこんなにも景色が変わって見えるから不思議だ。
少し急ぎ足で階段を上り、教室へ向かった。
「ワリー、遅くな、った…」
ガラリと開けたドア。しかしそれに気付く様子もなく彼女は机に突っ伏して眠っていた。
夕日が差し込む教室にはなまえしかいない。彼女の髪を太陽がきらきらと光らせている。
規則的に呼吸をしている音が聞こえる。彼女も昨日の仕事で疲れていたのだろう。俺がいない短時間で熟睡してしまった。
まるでそれは1枚の絵のようだった。思わず見惚れて足を止めてしまう芸術作品。
そんななまえに引き寄せられるようにゆっくりと近付いた。そっと髪を掬ってみると、絹糸のようにさらさらと手からこぼれ落ちていく。その時になまえがイヤホンをしているのだと知った。
だからドアの音に気付かなかったのだろう。
「起こしちゃ悪いよなぁ」
でも起こさないと帰れない。ただこんなに気持ち良さそうに寝ているなまえを起こすのは躊躇われた。
…とりあえず。
携帯を取り出してカメラを起動させてパシャリとシャッターを切った。
「保存、と」
俺しか知らないなまえの寝顔。別に誰に見せるわけでもないが欲しくなったんだ。
「撮ったことがバレたら怒られんだろうな」
ははっと笑って、なまえの前の席に腰を下ろす。
起こさないように注意しながら頭を撫で、その感触を楽しむ。
「ん…」
「おわっ」
身を捩るなまえに慌てて手を引っ込ませる。だが彼女は起きたわけではなかったようだ。ほっと胸を撫で下ろし、もう一度手を伸ばそうとした。
「快、斗…」
不意に呼ばれた名前。ドキリと心臓が高鳴る。
「こっちの…ケーキがいい、って…」
さくらんぼの様に赤く、ぷっくりとした唇が動くたびにドキドキしてしまう。
キスしてぇな…。
なんて邪な考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。
「……寝てるから分かんない、よな」
腰を浮かし、上半身を屈めて顔をなまえに近付ける。ドキドキと心臓が頭の中に響いて煩い。
「…………っ」
軽く触れる程度のキス。でもそれだけで頭がクラクラしてしまう程の甘いキスだった。
「……これぐらいでこんなに緊張するんだから、それ以上なんて無理だよな」
真っ赤な顔のままふぅと息を吐き、目を細めてなまえを見つめた。
「大好きだぜ、なまえ」
普段は恥ずかしくて言えない言葉。
けど俺はいつでも想っているから。
眠り姫に捧ぐ
(おい、なまえ起きろ)
(ん、んー?……あれ?何か快斗の顔赤くない?)
(あああ赤くねぇよ!!!)
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