眼下に広がる砂浜に私達は降り立つ。近くに立ってある看板からここが愛知県の佐久島だということが分かった。
頭上にはさっきまで私達が乗っていた飛行船が見える。
まっすぐ西に向かってる…ということはやっぱり大阪に行くつもりね。
「とりあえず移動しようか。このままだと目立つから」
ちらっと快斗に目配せをすると、彼は悪びれもなく笑った。そんな快斗に私達は息を吐き歩き出した。
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「なまえ」
快斗に呼ばれて振り向くと、左頬に水で濡らされたハンカチが当たった。
「それしとけ。腫れるから」
「…ありがと」
彼に言われるまですっかりと忘れていたが、そういえば叩かれたんだっけ。
思い出したらジンジンと頬が痛み出した。
「…あのさ」
電話をしに離れたコナンくんをちらっと見てから、快斗は口を開いた。
「なんで機嫌悪かったんだ?」
「え?…あぁ」
一瞬何のことか分からなかったけど、私は快斗から視線を外した。
「別に。なんでもない」
「…今も思い出して怒ってるだろ」
「怒ってない」
「じゃあなんでそんなに言い方が刺々しいんだ?」
そんなの、自分でも分からないわよ。
はぁ、と深く息を吐いてから近づいてきたヤギに手を伸ばした。
「なぁ、なまえ!」
「うるさい」
べーっと舌を突き出してそっぽを向く。そんな私に快斗は慌てたように覗き込んできた。
「お、俺が何かしたのか?」
「さぁ」
「じゃあなんだよぉ…」
眉尻を下げる快斗。なんだかそれが可愛くてつい笑ってしまった。
「なまえ…?」
「ほんとになんでもないってば」
「ほんとか?」
「ほんと」
それを聞いて安心した快斗はほっと胸を撫で下ろした。
「既に感染者も2人…」
「3人だ」
電話をしていたコナンくんに、快斗が口を挟む。
「水川って言うディレクターも右の掌に発疹が出た」
「ちょ、ちょっと待って!もう感染者が出てるの?」
「なまえは知らなかったな。ウェイトレスとルポライターの藤岡が感染した」
「うそ…」
じゃあもしかして子供達も…。
震える手をぎゅっと握る。すると快斗に握られた。
「大丈夫。あいつらには感染しねーよ」
それは気休めの言葉。だけど快斗が言うと不思議と大丈夫だと思えてくるから不思議だ。私は小さく頷いて微笑んだ。
「ん?」
遠くから聞こえる、バラバラという音。頭を動かして見上げると1機のヘリコプターが飛んでいた。
「あれは…」
「警察のヘリみたいね。飛行船を追ってるのかな」
「警視庁…」
警視庁?
なんで警視庁のヘリが?
コナンくんは変声機である蝶ネクタイのダイヤルを回して工藤新一に戻る。そしていつのまにか通話が終わっていた携帯で誰かに電話をかけた。
「目暮警部、工藤です」
目暮警部って、あの目暮警部?
コートと帽子をかぶったふくよかな男性が頭に浮かんだ。
「今、愛知県の佐久島にいるんですが、飛行船を追って警視庁のヘリが……ハイジャックの件は知っています。そこで警部にお願いしたいことが。僕をそのヘリに乗せて欲しいんです。この、工藤新一を」
……………ん?
工藤新一を?
私は小さな探偵さんをただ見つめた。
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「おーい、どこに工藤新一がいるんだよ」
砂浜に置いてある木で作られた四角い棚のような物に乗ってヘリを待つ。そんな私達に太陽は容赦ない。
「オメーだろ、工藤新一は」
「だーかーらー、俺に化けてくれって言ってんだよ」
「いいじゃない。減るものじゃないし」
「ったく…またオメーに化けんのかよ」
「あ?」
「え、あ、いや…手を貸すのはいいが俺の仕事の邪魔すんじゃねーぜ?」
「そいつは保証できねーけど…なるべく努力するよ」
へへっと笑うコナンくん。
あ、これは邪魔する気マンマンだな。良かった、今日は私の仕事じゃなくて。
ふぅ、と息を吐いて澄みきった青空に目を向けた。