「沖田さーん!」 背後から聞こえる声に振り返らないでも分かる。 可愛くて僕の大好きな子。 少しだけ意地悪したくなって、僕は聞こえないふりをした。 「あれ?おーきーたーさーん!」 「…………」 「おーきー、ぎゃっ」 不意に聞こえた小さな悲鳴。 僕は慌てて振り返る。 「うー、痛い…」 地面とお友だちになっているなまえにゆっくりと近付き、手を差し出した。 「相変わらずドジだね」 「す、すみません…って、聞こえてたんじゃないですか!」 そう言いながらも彼女は僕の手をぎゅっと握る。 力任せに引っ張ると、今まで横になっていた身体がふわりと浮いた。 「あんなに大きい声、僕以外の人も聞こえてるよ」 「だって沖田さんに届いてないなって思って」 不満そうに頬を膨らますなまえをちょんってつつくと、口からぶーと空気が出た。 「あははっ」 「ちょ、ちょっと沖田さん!」 やっぱりなまえといると飽きない。 くるくるといろんな表情をさせるから、それが見たくてつい苛めてしまう。 「それで、僕に用があるんじゃないの?」 「あ、そうだった」 思い出した彼女はにっこり笑ってこう言った。 「甘いもの食べにいきましょう!」 ***** 「いっただっきまーす!」 運ばれてきたお団子を手に取ってパクリと口に入れたなまえ。 「おいしー!」 空いてる方の手で頬を押さえている。 おそらく『おいしくてほっぺが落ちそう!』などと思っているのだろう。 「おいしくてほっぺが落ちそうです!」 ほらね。 「沖田さんも食べて下さい!」 「うん。いただきます」 僕も同じようにお団子を口に入れる。 「どうですか!!?おいしいですよね!!?」 期待の眼差しで僕を見る彼女を横目に、モグモグと口を動かす。 確かにおいしい。 ほっぺが落ちそうだ、とまでは言わないけれど。 「うん、おいしい」 「よかったぁ」 まるで自分の事のように嬉しがるなまえ。 それがなんだかくすぐったくて、コホンと咳をしてごまかした。 「…にしても、よく僕が非番だって知ってたね」 「土方さんから聞いたんです」 思いがけない名前の登場に、僕は眉根を寄せた。 彼女はそれに気づかずに話続ける。 「屯所に行ったら『総司なら出掛けたぞ』って。それで捜してたらすぐ沖田さんを見つけたんです」 「へぇ」 自分が思ったよりも低い声が出てしまった。 それに気づいたなまえがびくりと肩を揺らす。 「あの、お団子、飽きちゃいました?」 「…ううん」 「じゃあ、私といるのが嫌ですか…?」 小さくて聞き取りにくかったけど、かろうじてなまえが言った事が分かった。 「うん」 「………っ、じゃ、じゃあ私はこれで…」 立ち上がろうとする彼女の細い腕を掴む。 「お、沖田さん…?」 何をされるのかと怯えているなまえの方を向く。 その瞳は不安でいっぱいだった。 「嫌だよ」 「………っ」 「なまえといるの、嫌だよ」 それを聞いたなまえは泣きそうになる。 目にどんどん溜まっていく涙を親指で拭った。 「僕といるのに、他の男の話をしてるなんて、そんなの嫌だ」 「…えっ?」 「これがどういう意味だか分かるよね?」 さっきまで泣きそうだったのに、なまえは顔を真っ赤にして俯こうとする。 だから両手を彼女の頬に添えて上を見させた。 「好きな子から他の男の話をされるなんて耐えられないんだよ」 「あああああのっ、沖田さん!」 「ん?」 「か、顔が近いです!」 僕が告白したというのにこの子は…。 「………ぷっ」 「へ?」 バカ笑いしてしまいそうになるがぐっと堪える。 あーあ、いい雰囲気が台無しだよまったく。 「まぁいいや」 「あの、沖田さん?」 そうだ、なまえはこういう子じゃないか。 よく言って天然、悪く言って鈍感。 「とにかく、僕の前では他の男の話をしない事。いい?」 「は、はい」 でも、僕の告白に気づかなかったなまえにはお仕置きが必要だな。 「お、沖田さん。そろそろ手を…」 開いていた口に僕のそれを落とす。 触れるだけの可愛い口づけ。 時間が止まったような錯覚に陥った。 ずっとこうしていたい。 そう思ったけど静かに離れた。 だって、たぶんなまえは息をしていないから。 酸素不足で死なれても困るし。 「ここは僕が持つよ。じゃあまたね、なまえ」 固まってしまったなまえに手を振って、僕は支払いのために店の中に入った。 ころころと表情を変える君を好きになったのはいつからだろう。 まっすぐ僕を見つめるその瞳に囚われたのはいつからだろう。 たぶん出会った頃、かな。 大好きな大好きな、僕の可愛い人。 これで距離はぐっと近くなった。 酸素不足なキミ (やぁなまえ) (おおおおお沖田さん!おおおおは、おは…!) (うん、おはよう) |