「んー」

机とにらめっこをして暫く、固まった体をほぐすために伸びをした。土方さんに頼まれた書類整理。皆と違って事務的な仕事を多く任される。左之さんや新八さんや平助くんは嫌いだって言うけど、私は嫌いじゃない。

寧ろ人を斬るのが嫌いだ。

「日暮れまでには終わるかな」

机上の他に、畳に山のように積み上げられている書類に目を落として思案した。今までのペースだとそのぐらいかかるだろう。

「よし、さっさとやっちゃお…」

「なまえ、いるか?」

障子の向こうから聞こえた声にそちらを向く。さっきまで独り言を言っていたのに『いるか?』だなんて彼らしい。

「どうぞ」

中に入る事を了承するとスッと障子が開き、一くんが入ってきた。手にはお茶とおはぎを乗せたお盆がある。

「朝から根を詰めすぎだ。少しは休憩しろ」

「大丈夫だよ」

「ダメだ」

一くんは頑固だと思う。彼が“私を休憩させる”と決めたらなにがなんでも休憩させる。彼に口でも勝てっこないので口を尖らせて渋々頷いた。

「一くんは非番?」

「あぁ」

「そっか」

口数少ない彼と会話を続けるなんてあまり出来ない。今も部屋は静まり返ってしまった。しかしこの沈黙は嫌いではない。なんだかとても落ち着く。

おはぎに手を伸ばし、それを口に放り込む。あんこの甘さが口一杯に広がった。

「……お前は本当にうまそうに食うな」

「え?」

もごもごと口を動かしている私を、一くんは目を細めて見ていた。その視線がすごく恥ずかしくて思わずごくりと飲み込んでしまった。

「………っ!」

しかしまだ噛みきれていないおはぎは見事に喉に突っかかり、慌ててドンドンと胸の辺りを叩いていると、一くんがお茶を差し出してくれた。私はそれをひったくり、お茶でおはぎを流し込んだ。

「慌てて食うからだ」

「だ、だって…」

一くんが見つめるから、とは口が避けても言えない。まぁ一くんに言ったところで鈍感な彼には気づかれないだろうけど。

「しっかり噛んでから…」

言葉の途中で一くんは再び私をじっと見つめてくる。恥ずかしさから顔を背けようとするがそれよりも早く一くんが手を伸ばして私の口元に触れた。

「あんこが付いてるぞ」

一くんは口元に付いていたあんこを掬って、ペロリと舐めてしまった。

「……っ!!?」

「甘いな」

眉根を寄せて言う彼は自分がしたことの重大さに気づいていないのだろうか。もうこれ以上一くんといたら心臓がもたない。そう思っていると廊下に人影が見えた。

「斎藤さん、土方さんがお呼びです」

「あぁ、分かった」

声からすると烝くんだろう。それを聞いた一くんは音もなく立ち上がり障子に手をかける。

「…そうだ」

何を思い付いたのか、彼は顔だけをこちらに向けて口を開いた。

「今度一緒に甘味処に行こうな」

微笑んでそう言った一くんに私は瞬時に顔を真っ赤に染めた。

「一くんの笑顔は心臓に悪いんだよね」

呟いた言葉は静まり返った部屋に響いた。



おはぎ

(でもやっぱり好きだなぁ)