「原田さん!今日もお願いします!」 朝食も終わり、広間を去ろうとする彼の背中に声をかけた。振り返った彼は露骨に嫌な顔をしている。 「またかよ…」 「今日こそは絶対勝ちます!」 「その台詞、何回目だ?」 「1500回目です!」 拳をぎゅっと握って言うと、原田さんは呆れたように息を吐いた。 「お前なぁ、そろそろ諦めたらどうだ?」 「無理です」 きっぱりとそう告げる。原田さんは何か言いたそうに口を開いたが、永倉さんが素早く制した。 「まぁまぁ、いいじゃねーか左之。なまえちゃ…っと、なまえくんだって強くなりてーんだから」 なぁ?と同意を求められ一瞬たじろぐ。 本当は強くなりたくて原田さんに挑んでいるわけではない。ただ、“勝ったら原田さんに告白する!”と自分ルールを作ってしまったからだ。 「がっはっはっ。いいじゃないか。みょうじくんと戦うことは鍛練にもなる。やっておあげなさい」 「けど…」 躊躇う彼は真っ直ぐ私を見据える。ピンと背筋を伸ばして何度も何度も頷けば『わーったよ』って折れた。 「けど、今日の見廻りは俺達だろ?せめてその後にしてくれ」 「はいっ!!」 今日こそ絶対に勝って、原田さんに告白するんだ!!! 密かな闘志を燃やし、私は市中見廻りの準備の為に広間を飛び出した。 ***** 「いい天気ですねぇ」 澄みきった青空の下、私達は市中を歩いていた。 「お団子が食べたくなる天気です」 「今は見廻り中だろ」 ピシッと額を叩かれて『ぎゃっ』と声をあげる。それを見ていた他の隊士達が笑いを圧し殺していたのでキッと睨んでやった。 「じゃあ見廻りが終わったらお団子を食べにいきましょう!」 「帰ったら試合するんじゃなかったのか」 「はっ!!!じゃ、じゃあ明日行きましょう!!!」 穏やかな天気でつい忘れていた。そんな私を原田さんは笑う。 「お前って本当、面白いな」 「えっ!!?」 「今だって百面相しただろ?見てて飽きない」 それは誉められてるのか貶されているのか。しかし彼の笑顔を見ていたら例え貶されていたとしてもいいと思った。 千鶴ちゃんに前、言われたことがある。『原田さんって、なまえちゃんの前だと優しく笑うよね』って。それが私だけに向けられているのかと思うと嬉しいが、それと同時に不安になる。 いつかその笑顔が、私じゃない他の誰かに向けられるんじゃないかって。 原田さんの周りには綺麗な女性がたくさんいる。島原の遊女だって町のお店の人だって。 だから早く原田さんに告白したい。 それなら戦わなければいいだろ、と思われるかもしれないけど、私は綺麗じゃないし頭がいい訳じゃないから原田さんに釣り合わない。 唯一自慢できる剣の腕で原田さんに勝って、釣り合うということの証明が欲しいんだ。 「なまえ?どうした?」 「あ、いえ。なんでも…」 顔を上げて彼を見たときだった。路地裏に潜む浪士と目が合う。彼は目をぎらつかせ、私達、いや原田さん目掛け飛び出してきた。 「原田さん!!!!」 私は咄嗟に彼を突き飛ばす。しかしそれがいけなかった。剣を抜こうと手にかけた瞬間にずぶりと身体に何かが突き刺さった。 「………っ!!!」 それが剣だと気付くのに数秒かかって、そして次の瞬間にはしゃっと血が吹き出た。 浪士が剣を抜いたのだ。 「なまえ!!!」 ぐらりと傾く身体。目の前には恍惚そうに笑っている不逞浪士。 原田さん、と呼びたくても息しか出てこない。 「っ、てめぇ!!!」 直ぐ様原田さんが槍を浪士に向ける。浪士はニタリと笑って踵を返した。 「待ちやがれ!!!」 追いかけようとした原田さんはハッと我に返って私を抱き起こした。そんな私達を見て、他の隊士達は浪士を追いかけていった。 「なまえ!しっかりしろ!なんでこんな真似したんだ!」 「だ、って…原田さん、を…守りたくて」 「だからってこんな…!」 目の前の原田さんは苦痛に顔を歪めている。あぁ、違う。こんな顔に“させてる”んだ。 「…すまねぇ、俺が気付かないばっかりに」 「あ、はは。原田さんが珍しいですね」 げほっと咳き込む。すると口から血が飛び出てきた。 これはダメだな。 今までそんな仲間をたくさん見てきた。助かった者は誰もいない。 「ねぇ、原田さん」 必死に声を絞り出す。彼は聞き逃すまいと耳を近づけた。 「私、が…何で原田さんにだけ、戦いを申し込んだか、分かりますか?」 「強くなるため、だろ」 やんわりと頭を振って否定する。 「原田さんに勝ったら、言いたいことがあったんです」 そっと手を伸ばして彼の頬を触る。もう手先の感覚はない。けれど暖かい気がした。 「好きって」 原田さんは目を大きく開いて私の顔を覗き込む。 そうだよね、意外だよね。私がこんなことを言うの。 「良かった。勝ってないけどちゃんと言えた」 「なまえっ、俺もお前に言いたいことが」 「原田さん」 神様、お願いします。 どうか原田さんを 「幸せに、なってください」 幸せにしてください。 腕の力が抜けてポトリと落ちる。 「なまえ?」 原田さんは私を懸命に揺する。 「おい、なまえ!」 流れ出る血を止めようとする。 「起きろよ!なぁなまえ!!!」 冷たくなる身体を暖めようとする。 「俺だってお前に言いたいことがあるんだ!」 意識の闇に沈んでいく私に彼は言葉を連ねる。 「今日お前に勝ったら言おうって、ずっと決めてたんだ」 だけど私には聞こえない。 「好きだって…だから起きろよ!」 私には届かない。 「お前がいねぇと幸せになんかなれねーよ!!」 私には…、 「なまえ―――――っ!!!!」 太陽の光が、私達を包み込んだ。 望むのは貴方の幸せだけ。 (生まれ変わっても貴方が大好きです) |