FINAL FANTASY V | ナノ
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▼ 40 水の巫女エリア

「ユウリ、ちょっと聞きたいのだけど…」

「うん?どうしたの、エリア?」

「ユウリは…彼と、恋人同士なのかしら?」

「…え!?」


   小首を傾げ微笑みを浮かべながら、内緒話でもするように可愛らしく唐突に尋ねてきたエリアに物凄く驚愕した。そして物凄く、動揺した。

   何が起こるか分からないからアイテムや魔法を万全に備えておこう、と立ち寄った古代人の村。エリアから彼と指されたのは当然ルーネスの事だ。アルクゥはレフィアと魔法屋に、ルーネスはイングズとアイテムの調達に行っている間に、ユウリとエリアは散歩に出掛ける事になり今に至る。

   しかしどうして突然そう思ったのだろうか。エリアも含め皆と同じようにお話していたが、比較的ルーネスと一緒にいる事が多いから、そう見えたのだろうか。

   思い返せば確かに、エリアと行動を共にしてからまだ少しの時間しか経っていない間にもルーネスとの会話の合間に頭を撫でられたり、それに対して嬉しそうな顔をしていたのかもしれない。

   分かりやすく動揺したユウリの様子を見て、エリアは更に微笑みを深めた。これは完全に肯定の意味だと受け止められただろう。正直に言うと、そう見られていた事が嬉しいと感じてしまう自分がいる。


「そう、見えるかな?」

「ええ、とても」

「…例えば、どんなところが?」

「彼とお話している時のユウリ、すごく幸せそうな、可愛い顔をしているわ。勿論、彼の方もユウリの事を、そうね…愛おしく想っているのだろうな、って。目元がそう言っているように見えるの」

「な、なんと…!!」


   さらりと思った事を伝えてくるエリアから紡がれた言葉に、思わず素っ頓狂な返しをしてしまった。ユウリからルーネスへの想いは特に隠すつもりが無いので周囲にばれているとしても、まさかルーネスまでそう見られていたとは。

   …本当のところは、ルーネスがどんな感情を抱いてくれているのか、憶測でしかない。それはあちらも同じなのだろうが、それでも確かに愛情を伝えようとしてくれている事、そしてこちらからも伝えようとしている事に対する自覚はある。敢えてそういった態度を取っている、と言った方が正しいかもしれない。

   しかしまだ、恋人という関係ではないのだ。線引きはしているが、それ相応の事はしているし、お互い言動に物凄く表れている。なんなら村にいた時から、元より彼以外の人と関係を持つなぞ考えた事もないのも事実である。

   けれど───


「そっか…うん、そう見えていても不思議じゃないのかな…?でもね、私とルーネスは恋人じゃないの。アルクゥも含めて、幼馴染みだよ」

「えぇ!?」


   今度は反対に、エリアが驚愕の声を上げた。


「ごめんなさい!私てっきり…!」

「ううん、いいの!私がルーネスの事をそう想っている事は事実だから…!」

「彼もそのように見えたのだけど、どうなのかしら…?」

「ううーん…えっとね、私の自惚れじゃなければ多分、ルーネスもそうだと…思うんだけど…」


   それならば、両想いという事になるのではないか?エリアがそう言いたげに小首を傾げたので、どう表現したら良いのか考えながら言葉を続ける。


「でもね、私達は今、危ないかもしれない旅をしているでしょう?だから弱みというか、そういうのを作るのは良くないのかなって…言わないようにしているの」


   とくに約束をしたわけではないのだけれど。そう付け加えると、彼女は澄んだ瞳を一旦閉じ───納得したように、微笑んで頷いた。


「…素敵ね」

「ん…そうかな?」

「ええ、とても。お互いがお互いを、凄く大切にしているのが伝わってくるわ」

「ふふ、ありがとう」


   軽く組んだ手を胸に置き、綺麗な瞳で見つめられながら零された言葉に少し照れてしまう。大切に。それは確かに、その通りだ。相手を思いやっての取り決め事。その内容が万人に当てはまるかは別として、二人にとってはそれが最善の選択だと、今は思っている。

   封印された世界を目の当たりにして、この旅が、光の戦士としての使命が、どれだけ危険で大きなものを背負い進まなければならない事なのかを改めて感じた。

   アイテムの補充のためにと浮遊大陸に戻ってきた時に、安心感を覚えたのはつい先程の事。空は青く大地には緑が茂り、風に揺れる木々や草花、囀る小鳥、静かな波。穏やかに流れる時。そのどれもが当たり前だと思っていた。多少の違いはあれど世界共通だと。しかし、実際は違った。

   突き付けられた現実は理想と想像をいとも簡単に打ち砕き、心をひどく痛めつける。傍で微笑うエリアだって、仲間を、友人を。多くの死をその肌で感じ、それでも希望の灯火を消させはしないと抗い、願い続けて。

   そうして巡り会ったユウリ達と行動を共にし、また立ち上がり歩き続けるのだ。全ての犠牲を忘れず、希望を光の戦士に託して。

   …とてもじゃないが、一人では到底背負いきれない。仲間が居てくれて、本当に良かった。大切な存在が居て、良かった。守りたいと思う力は、自分自身も強くしてくれる。

   だから───この旅の先にあるはずの、平和が訪れるまで。はっきりと、未来を描けるようになるまでは。恋人ではなく、仲間として、大切な存在として、この関係を崩す事はしないだろう。


「ここは本当に、素敵な所ね」


   柔らかな風が髪を擽る。膝を折り、揺れる小さな花の輪郭をなぞりながら、エリアが小さく零した。古代人が作り出した装置によって浮かんでいる、この大陸。魔物は出現するけれど下の世界からの影響は薄く、むしろ普段の生活をしていたら大地の下の更に下、そこにもうひとつ世界が広がっているだなんて考えもしなかったかもしれない。

   時を止められた世界。色の無い世界でひたすらに祈り続けていた彼女から見たら、鮮やかに色付き命の匂いがするこの浮遊大陸に、ひどく懐かしさを覚えるのだろう。


「下の世界の時が動き出したら、一度私達が育った村へ遊びに行こう?ここよりももっとのどかで、何も無いけど自然がいっぱいで綺麗な所だよ」

「まぁ、ぜひお邪魔してみたいわ!ふふ、楽しみが増えてすごく嬉しい。私、ずっとおじいさんと二人だけだったから…さっきのように、女の子と恋のお話もしてみたかったの」

「じゃあ、今度レフィアも交えて女の子だけのお話しようね!エリアのお話もたくさん聞きたいな」

「賛成、すごく楽しそう。レフィアはルーネスとユウリの関係、知っているの?」

「え!?い、いや、どうだろう、聞かれた事無いから…気付いていたとしても、まだそういう話はしてないよ」

「残念、それならこのお話は控えないといけないわね」


   唇に人差し指をあて、内緒ね?と悪戯っぽく微笑んだエリアがとても可愛らしい。巫女として凛としている彼女も、やはり年相応の一人の女の子だ。

   きっと時が動き出してからも、やるべき事や行かなければならない所がたくさんあるはず。けれど、少しくらい寄り道してもバチは当たらないだろう。

   ウルへ戻って皆に元気な姿を見せてあげたいのと、母の作った美味しい料理を一緒に食べたい。片付けを手伝って、お風呂に入って、その後は決して広くはない自分の部屋で夜ふかししながら夢中でお喋りに花を咲かせるのだ。

   そんな平和な時間を過ごすのも、たまには悪くないよね、と。言葉に出すわけではなくユウリは胸中で思い、そろそろ皆が戻ってくる頃だから行こうか、と優しく微笑むエリアに声を掛けた。


「ねぇ、ユウリ」

「ん?なあに?」

「私の事、ずっと…あ、…ううん、ごめんなさい。なんでもないわ」

「?」

「…ユウリ。ずっと、お友達でいてくれますか?」

「うん?うん!もちろん!」


   エリアが本当は何を伝えたかったのか分からなかったが、何故だか、少しだけその表情が…悲しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。


「ありがとう。それじゃあ行きましょう」


   すぐにいつもの微笑みに戻り、合流場所へ向けて歩き出した彼女の横顔をちらりと伺ってみても、その胸の内にある真意は読み取れなかった。深追いをするべきではない、か。今はまだ控えよう。

   準備を終え下の世界へ戻ってきた一行は、その足で神殿へと赴きクリスタルの欠片を入手すると、神殿のすぐ側にある洞窟の最深部に構える祭壇を目指し歩を進めた。

   水のクリスタルに光が戻れば、止まってしまった全ての歯車がまた回り出す。世界が色付き、ゆるやかに時が動き出す。そう信じて疑わない。巫女であるエリアが祈りを捧げ、あとは外へ戻り復活を待つだけだ。

   しかしそんな彼女らに突如として迫るのは───禍々しい、黒い影。

   目的の場所へ辿り着き、目的のものを目の前にして安心した事によって招いた油断。気配を消していたのだろう“それ”は、その時が来るのを待っていたのだ。


「あぶないっ!」


   響き渡る声には焦燥が色濃く浮かび、何事かと声を発した彼女の方へ向き直ろうとしたが叶わず、身体に衝撃が走る。直後に突き飛ばされたのだと理解した。

   何が起きたのだろうか。受け身を取れる体勢ではなかったユウリはそのまま地に倒れ込み、咄嗟に顔を上げるとそこに見たのは───じわりと赤く染まる、白。

   警戒を怠ってしまった。だから、気付かなかった。暗闇の向こうで番えられた矛先が、殺意を込められた魔弾を伴いこちらへ迫ってきている事に。






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