▼ 37 その石言葉は
アルクゥがレフィアを迎えに行っている一方その頃、ルーネスとユウリは今まで見た事のない程に溢れた人の波に多少慄きながらも、しっかりとお互いの手を握って歩みを進めていた。
ウルの村の祭りとは、あまりにも規模が違いすぎる。所狭しと並んだ露店からは威勢の良い声が常に聞こえてきて、それに興味を引かれた人が列を作っている。
所々に兵士の姿が見えるのは警備に就いている当番の方なのだろう。民が安心して参加出来るのは、こういった危険を排除してくれる仕事をしてくれている人がいるからだ。ユウリはお疲れ様です、と心の中で頭を下げた。
「すごい人…!イングズが一緒だったらきっとすぐに引き返しちゃうね」
「予想してたよりだいぶすごいな」
「最初来た時は誰もいなかったし、ハインの所にはお城勤めの人しか捕まっていなかったし…皆どこにいたんだろうね」
「安全な所に避難してたんだろうな。皆を助ける事が出来て良かったよ」
「ね、本当に良かった」
この賑わいは、光の戦士である五人が取り戻したものだ。何にも怯えず穏やかに暮らせる事が、どれだけ幸せなのかを知っている。だから人々は平和を願う。それはどこの国でも同じだった。
ふと、ユウリが足を止めた。それに気付いたルーネスが彼女の視線の先を辿ると、そこには綺麗に陳列された装飾品の露店があった。
ユウリも年頃の女の子だ。旅の途中ゆえ、普段は控えめにしているが、やはりこういったアクセサリーにも興味があるのだろう。
「お兄ちゃん、彼女にプレゼントの一つでもどうだい?ここら辺じゃ採れない鉱石もあるぜ」
「か、彼女…!?」
店主の言葉に思わず反応したユウリに気付いたルーネスは、彼女に悟られないように小さく笑い、思った。
そういえば、何かそれらしいものを贈った事がないな。村に居た時にちょっとした物をあげた事ならあるが、それとはまた形が違う、贈り物。
「…そうだな、ユウリ、どれか欲しいのあるか?」
「え!?あ、え、でも…」
「いいから。いつも頑張ってくれてるご褒美だと思って?オレがユウリに買ってあげたいんだ」
「…良いの?えっと、それじゃあ…」
ユウリの口元に自然と微笑みが浮かぶ。彼女と認識されたのを、彼は否定しなかった。それがなんだか凄く、物凄く嬉しくて、くすぐったくて。厳密に言うと、まだそういった関係ではないのだけれど、それでも。
陳列されている品を眺め、ふと目に止まり手に取ったのは日が沈む直前の空の色のような、紫色の石がワンポイントになっている装飾品。
綺麗。凄く。眺めているだけで安心するような。まるで───
「それは紫水晶の首飾りだよ。綺麗な石だろう?おや、そういえば…お兄ちゃんの目の色によく似ているな」
そう、まるで、ユウリが大好きなルーネスの瞳のようだ。だから目に止まったのだろうか。無意識に彼を彷彿とさせる色に引き寄せられ、綺麗だと。素敵だと思った。
「これは大きな石ではないが、紫水晶は宝石の一種だ。石言葉は確か…」
誠実や心の平和。愛情。
彼女へプレゼントにするには最適だな。そう続けられた店主の言葉。
「他にもこんな意味があるぜ」
そう言うと店主はルーネスを手招きし、ユウリには聞こえぬよう耳打ちで一言添えた。
「…な?ぴったりだろ?」
人が良さそうな店主はにやりと笑い、大切にしてやれよ、と付け足している。
「ルーネス、私これが良い」
手に取ったそれを胸元に当てふわりと微笑んだその姿に、ルーネスは似合ってる、と優しい声色で小さく零した。
その言い方が、まるで本当に恋人へ向ける言葉のように聞こえたのか。微笑ましい二人に店主は笑みを深めユウリから首飾りを受け取ると、控えめに装飾の入った小箱に入れてくれた。なんだか幸せを分けてもらっちまったよ、気持ちまけておくからな!と値引いてくれたのは予想外だったが。
商人と客、双方が礼を言い合い露店を後にすると、人通りの少ない道に逸れる。ユウリは貰ったばかりの首飾りを小箱から出し、顔を上げた。
「早速しても良い?」
「ああ、つけてやろうか?」
「うん、お願い」
くるりと後ろを向いたユウリに金具を託されると、丁度良い長さでアジャスターを留める。ありがとう、と振り返った彼女の心底嬉しそうな表情を見て、ルーネスも笑みを零した。
贈り物ひとつで、こんなにも喜んでくれるなんて。相手が自分だから尚更なのかと思い、それを否とする答えも見当たらないくらいには互いの想いが伝わっているのだと信じたい。
周りを行く人々からはきっと、どこからどう見ても、恋人同士だと思われているのだろう。それならそれで、敢えて否定する必要も無い。恋人なのかと聞かれたらその時は…今はまだ、否、なのかもしれないが。
けれど、もう少し先の未来には、きっと。
「ねぇ、ルーネス。さっき、お店の人が紫水晶にはまだ意味があるって言ってたけど…別の“意味”って何だったの?」
「ん?あー…それは…」
───真実の愛をもたらす、って意味もあるんだぜ───
…なんて、今はまだ伝える事の出来ない言葉だけれど。そこに込められた意味も、そのまま乗せて贈ろう。
「…内緒かな」
「えー?教えてくれないの?」
「んー…いつか、な?」
「えー…うん、いつか絶対だよ?」
存在を主張するように淡く煌めくそれを大切そうになぞる指先や、心底嬉しそうに笑顔を向けてくれるユウリが心から愛おしく想う。
───好きだよ、と。今この場で、そのたった一言を伝える事が出来たのなら。彼女は一体、どんな反応をするのだろうか。
約束が違うと怒るのか、それとも…受け入れて、くれるのか。
まぁ、でも。こればかりは。
「…仕方ないか」
「ん?何か言った?」
「や、なんでもない。…ユウリ、」
想いの言葉はプレゼントと、この口付けに乗せて。指に、頬に、唇に。軽く触れるだけでも胸が甘く締め付けられる。
「ね、ルーネス…」
「ん?」
「今日も、お部屋に戻ったら………続き、する?」
薄暗い明かりの中でも分かる程に紅潮した頬を隠す事なく、少し潤んだ瞳で伺うようにそんな事を言われて、断れる男が果たして存在するのだろうか。出来る事なら今すぐにでもしてあげたい。しかし場所を考えるとそうもいかず。
「してほしい?」
「………うん…」
この表情で、こんな事をお願いされたら───今夜は少し、いや、結構、危ないかもしれない。我慢出来るだろうか。しなければならないのでするしかないのだが。
ふと、気が付いた事がある。皆が一緒に行くのを遠慮した、その本当の意味。憶測でしかないが、今みたいに甘い雰囲気になってしまう事が分かっていたのではないだろうか。
皆の前では勿論ここまではしない。けれど二人きりならば、どうか。結果は今の通り。やはりと言うべきか、恋人同士のようになってしまった。
イングズは本当に人混みが苦手なようだったが、レフィアとアルクゥには気を遣わせてしまったのかもしれない。だが今更どうにかなるものでもないので、今回は素直に甘えるとしよう。
もうすぐ花火が打ち上がる時間だとアナウンスが告げる。こっそりと兵士に教えてもらった、花火がよく見える所謂“穴場スポット”は、祝祭の会場ではなく城の最上階にある屋上庭園。
成程確かに、そこならば人混みとは無縁な上、とても近くで大輪を見る事が出来るだろう。特別に入る事を許されたそこへ向かう間も、二人の指は絡められたままだった。
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