▼ 35 祝祭
魔導師ハインが根城としていた長老の木を元あるべき場所へ返還し、アーガス王から是非にと盛大なもてなしを受けた一行は、連日の戦闘で疲弊した身体を休めるため用意された部屋で休息を取る事にしていた。
飛空艇を作るために必要な、時の歯車と名付けられた永久機関。これは昔、シドが古代の遺跡から発掘してきた物だという。
彼の作った飛空艇はその利便性から各地の貿易を盛んにし、人々の生活に大いに役立った。しかし良からぬ事を考え出す輩はいつの時代も存在する。
飛空艇を利用した戦争。あらゆる手を尽くして国取り合戦を制そうとする軍も少なからず存在し、敵対している国へ空から攻め込む道具にしようとしたのだ。
当然だがシドは戦争の道具として飛空艇を建造した訳ではない。事態を重く見た彼はアーガス王へ相談し、時の歯車を回収、保管してほしい旨を伝えた。
一国の王として、恐れるのは戦争に巻き込まれる事だ。こちらにその気がなくとも、攻め入られてしまえば迎え撃つ外はない。ならば一切の軍事利用が出来ないようにと、責任を持ってシドの提案を飲んだのであった。
今回アーガス城のピンチを救ってくれた五人の戦士達は、他でもない、飛空艇技師シド直々に頼まれ、時の歯車を取りに来たとの事。
勇敢なる英雄には当然、望むままの褒美を遣わそうと思っていた王は、喜んでその申し出を受けてくれた。むしろそれだけの礼では気が済まぬと、豪勢な食事や寝床、すぐに旅立たず何日でも滞在していってくれと着替えの衣服までをも提供してくれたのだが。
あとはカナーンの村へ戻り、シドに時の歯車を渡せばエンタープライズを改造して貰えるはずだ。
ハインから解放されたばかりゆえに急ごしらえで申し訳ないと言われたが、とてもそうとは思えない程に拵(こしら)えられた王宮の食事に舌鼓を打ち、各々がさて充てがわれた部屋へ戻ろうかと思い始めた時。
侍女の一人がにこにこと愛想の良い笑みを湛えて、祝い事がある時に催されるアーガス城伝統の祝祭が明日にでも開催されるのだと教えてくれた。
噂を聞きつけた商人達が集まり様々な露店を開き、珍品が売り出される事も少なくないと言う。
「お祭りかぁ…」
ウルの村でも 、小規模だが年に何回か開催されていた。とは言っても村の大人達が担当して様々な料理を作り食べたり、夜は高く積み上げられた薪を火に焼(く)べ、その周りで踊ったり。
勿論子供も大いに楽しめるが、大人はこの日を待ってました、無礼講とばかりに大酒を酌み交わし豪快に笑い合う。要するに村をあげての宴会みたいなものだ。皆が楽しそうに料理をつまみ雑談しているのを見ていると、とても幸せな気分になれたのを覚えている。
「今、アーガスの職人が丹精込めて花火を作っております。明日の夜に打ち上がるみたいですので、是非ご覧になってはいかがでしょう?」
「花火?って…手に持って楽しむものじゃないんですか?」
打ち上がる、とは。どういうものなのだろうか。手持ち花火も数える程しか楽しんだ事はないが、徐々に消えていく様子は儚いけれど少しずつ色が変わっていく先端がとても綺麗だと思う。
あの花火が空へ向かって噴射されるのだろうか?上手く想像が出来ない様子のユウリは首を傾げると、侍女に質問を投げかけた。
「打ち上げ花火は手持ち花火と違い、夜空に様々な色や形状の大輪を咲かせてくれます。打ち上がり、花開いた直後に消えていってしまいますが…とても幻想的で美しいものなのですよ」
「そうなんですね、夜空にかぁ…すごく綺麗なんだろうな」
「カズスの町でも見た事は無いわね。サスーン城ではあるのかしら?」
「どうだっただろうか…祭事は定期的に行われていたが、ここ数年は記憶に無いな」
「本で読んだ事がありますが、打ち上げる花火を作るのにはとても熟練された技が必要みたいで、作り手の職人さんが減少しているみたいですよ」
「じゃあ見に行ってみるか?シドが待ってるだろうけど一日延びるくらい平気かなって」
「あぁ、しかし祝祭となると相当な人出なのだろうな…」
「あら?もしかしてイングズ、人混みが苦手なの?」
「そうだな、得意ではない…」
花火が打ち上がるのは城外なのだが、ある程度離れた場所でも見えるのならば、部屋の窓からでも方向が合っていれば見る事が出来るのではないだろうか。
人、人、人の波にもまれ周囲に気を遣いながら会場へ行くくらいなら、静かに堪能したい。イングズは思い、苦笑を零した。
「…すまないが、私は部屋から見る事にしよう。皆で行ってきたらどうだ?」
皆で。それを聞いた時にレフィアはふと思った。もしかしたら、ユウリはルーネスと二人の方が良いのではないかと。なんとなくだが、ぼんやりとそんな考えが浮かんだのは日頃二人が楽しそうにお喋りしているのを見ているからだろうか。
彼女は彼の事が好きなのではないか、と。勿論アルクゥやイングズとお喋りしている時も楽しそうだし、なんならデッシュともそうだったけれど。
けれどどうしてか、ルーネスに対して目線を向けている時、その瞳に特別な何かがあるような気がするのだ。むしろルーネスからも同じ色が伺えるところをみると、この二人は想い合っているのではないか、と。
渦中の二人は皆と行く事について特に何とも思っていないだろうが、レフィアからしたらそんな事を思いついてしまった手前、一緒に行こうとはどことなく言い出しづらくて。花火は見たい。見てみたいけれど。
「…わたしも、人が多い所はあまり得意じゃないから…」
さらりと、口から出たのは遠慮の言葉。レフィアの言葉を聞いたアルクゥは一瞬驚いたように彼女を見、その表情からなんとなく意図を汲み取ったのか。
「折角だから、二人で行ってきたら良いんじゃないかな?」
ふわりと微笑みを浮かべて、自らも今回は同行しない旨を伝えた。
「えぇっ!皆、花火見たくないの!?」
「うーん、見たくないわけじゃないけど…ユウリとルーネス二人の方が、何かと都合が良いかなって。色々なお店が気になってあちこち覗いている内にはぐれちゃいそうでしょ?」
「うっ…確かに…」
「その点、ルーネスはユウリの扱いに慣れてるもんね?」
「まあなー、見付けるのも自信あるし」
「そういう事だから。今回は二人で行っておいでよ」
言葉と表情は柔らかいが、なぜだか有無を言わさぬ迫力がある。そこまで言われてしまえば、従うしかないような気がしてしまう。
「…オレは二人でも良いよ?」
ユウリから少し困ったような、申し訳なさそうな視線を寄越され、扱い云々の件を気にしたのかなと感じたルーネスは、ふと微笑い彼女の頭に手を置いた。
「なんか、ごめんね、いつも巻き込んじゃって…」
「気にする事ないだろ、オレも好きで付いて行ってるんだし」
「そうなの?嫌々じゃない?」
「嫌だったら断ってるから安心しろ」
「うん…ありがとう」
置いた手を滑らすように髪を撫で、ついいつものように引き寄せてしまいそうになる。直前で皆の前だと気付きなんとか堪えたが、なんとなく漂わせてしまった甘い雰囲気を察したのか。
「…仲が良いのは結構だが、私達がいるのを忘れないでくれないか」
「え、あ、いやそんなつもりは…!」
「はいはい、二人は小さい頃からずっとこんな感じだもんね?」
「本当に仲が良いのね…」
イングズの、呆れの色を少々含ませた声。焦り気味に弁解するルーネスに対しアルクゥは先程と変わらない微笑みを湛え、レフィアは少し頬を染め、なんとも言えない表情を浮かべている。
やはり、間違いないのではないか。二人のやり取りを見て、レフィアは再び先程の考えを巡らせた。ルーネスの動作が物凄く自然だったし、ユウリの受け入れ方も物凄く自然だった。本当にこの二人は想い合っているのではないだろうか、と。
色恋沙汰に興味のある年頃だ、今度ユウリにどういう感じなのか、機会を伺って聞いてみよう。
prev / next