▼ 33 火のクリスタル
オーエンの塔より北西。ドワーフ達の住処でまたもや待ち受けていた試練。宝である二本の角、その片方をグツコーなる盗賊に盗まれたと聞かされ、泳げない彼等の代わりに取り返しに行く事になった。
当然このままの姿では入れない。微妙な表情のレフィアを窘(たしな)め、再び蛙になった一行は魔物の巣窟となった地底湖へ赴き、その最深部で盗人から角を取り返した。
ここまでは良かったのだ。そう、ここまでは。
「せっかく角を取り戻せたのにー!ツメが甘くてダメダメホー!」
「がっかりホー光の戦士ー」
「…申し訳ない」
残る一本の角を死守しようと祭壇へ掛けていたおまじない、所謂封印の呪文を解除される機会を狙っていたのだろう。まんまとその策にはまり、角は再び、今度は二本共グツコーの手へと渡ってしまった。
まさかやられたふりをして、後ろから一行の影となり付いてきているとは。グツコーのずる賢さと盗人魂に呆れると同時、詰めが甘いと、ドワーフ達の心に刺さる言葉を聞いて少し落ち込んだ。
どうやら件の角は、氷の角と呼ばれる代物だったようだ。炎を退け、火のクリスタルがある、北の洞窟へ入るのに必要な物だとグツコーは言っていた。同時に、クリスタルの力を手に入れるのだ、とも。
おそらく、いや確実に、悪さを働くために力を欲しているのだろう。それを許す事は出来ない。クリスタルの力は強大で、正しきこと以外で使われては最悪の場合、待ち受けているのは破滅だ。
力の暴走で盗賊一人が滅びるのならばそれでも良いが、世界に影響を及ぼす恐れもある。早急に阻止しなければ、命を懸けてこの浮遊大陸を守ろうとしているデッシュに申し訳が立たない。
至る所に溶岩の流れる洞窟内部は噎(む)せ返るような熱気が充満していて、対策無しでは呼吸をする事すら難しい。気管が焼けてしまいそうだ。立ち上る蒸気で視界も悪く、どろどろとした足場は駆け抜けるにも困難を極める。
火の力が眠る場所という事で安易に侵入出来ないようにしているとはいえ、これは非常に厄介だ。風のクリスタルが眠っていた祭壇の洞窟が、いかに易しかったのかが身に染みた。
しかし暑い。とにかく暑過ぎる。グツコーめ、奴さえいなければ氷の角の力ですんなりとクリスタルの元へ辿り着けたというのに。
「一発どころか何百発もぶん殴らないと気が済まないわ…」
「レフィア、女性がそんな物騒な事を言うものではない。…気持ちは十二分に分かるがな」
「暑くて溶けちゃいそう…アルクゥ…ブリザドちょうだい…」
「そうしてあげたいのは山々だけど、この熱気では気休めにしかならないと思うよ…」
「人の物を盗んだ挙げ句、オレ達にこんな思いをさせるなんて良い度胸してるよな…」
もはや恨み節しか出てこない一行はそれでも足を止める事なく。劣悪な環境と苛立ちで普段より消耗する体力を治癒魔法で回復しつつ、祭壇の間へと足を踏み入れた。
美しく燃える夕陽のような紅い輝きを放つ、火のクリスタル。その御前で見付けた盗賊の姿に怒りが沸き上がる。どうやらまだ力を手に入れていないように思えた。が、しかし。
五人に気付き振り返った奴の様子が、おかしい。追っ手に身構えるどころかその表情には余裕を浮かべ、愉快だというように身体を震わせ笑っている。
「ファファファ!火のクリスタルから力を奪い、俺様は強くなったぞ!だが光の啓示を受けたおまえ達を倒さなければ、本当の火の力は手に入らん。悪いがおまえ達には死んでもらう!」
高らかに吠えた、直後。グツコーは深紅の巨竜へと姿を変え、その大きな口から吐かれた紅蓮の炎が吹き荒れた。
「みんな、僕の後ろに!!」
アルクゥの咄嗟の判断で唱えられたブリザラは分厚い氷の壁を作り、直撃を免れた。だがその熱気を浴びるだけで、体力が奪われる。
長期戦は危険だ。ここは一気に片付けよう。地面を蹴り、レフィアが素早く相手の背後へ回るとその巨体めがけて斬りつけた。しかし硬い鱗に阻まれ、思うようにダメージが通らない。
「むっかつくわね!だったら何度も斬りつけるまでよ!!」
けれど彼女は全く怯まず、むしろ恨みをぶつけるには好都合と言わんばかりにダガーを持つ手に力を込めた。
少々気性が荒くなっているが、状況判断は出来ているので大丈夫だろう。いざとなったら助けに入れば良い。
「レフィア、炎吐かれたら退避するんだぞ!」
「分かってるわよ!ルーネス!あんたもしっかりやりなさい!!」
「おまえ顔怖えーよ!」
「うるさいわね!!」
鍛冶修行で暑さには耐性のあるはずのレフィアがここまで苛々してしまう程、道のりが過酷だった事は安易に想像出来るだろう。
騒がしいながらも攻撃の手は休めない二人に倣い、アルクゥとイングズは同時に氷魔法を放つ。火の力で竜になったのなら、炎の魔人と同じく氷属性が弱点なのは想像に難くない。
時折アイテムの南極の風を行使しつつ、ユウリは常に皆の体力を一定に保てるよう癒しの魔法を詠唱し続ける。
盗賊グツコー改め、炎の巨竜サラマンダーの鋭い爪が魔法職の三人を切り裂こうとするが、ルーネスとレフィアが刃でそれを阻む。
メデューサとの戦いで、ユウリに襲いかかった蛇をルーネスが剣で受け止めたのを、レフィアも視界に捉えていた。それを覚えていて、かつ実戦でやってのけるレフィアの戦闘能力に感心した。
「さすが」
「まあね」
短い言葉の中には信頼が含まれているのを肌で感じ、受け止めた刃にそれぞれ力を込め竜の片腕を切り落とすと、祭壇の間に響き渡る咆哮。
怒り狂うサラマンダーが形振(なりふ)り構わず炎を吐き散らし、氷壁を作り出したアルクゥ目掛けて突進してきた。
危ない、そう思った矢先、今度はイングズの剣がそれを受け止めた。が、前衛の二人よりも力が足りないのか、じりじりと押され始める。
ユウリは回復魔法の詠唱を中断し、エアロの魔法で風を巻き起こし押し返す力の後援をすると、体勢を立て直したアルクゥも直ぐ様鋭い氷刃を生み出しその眼球目掛けて突き刺した。
「すみません、ありがとうございます」
「助け合うのは当然だよ!」
「礼を言うのは私の方だ。ユウリ、アルクゥ、ありがとう」
片目を潰されたサラマンダーが怯んだ一瞬の隙を見逃さず、ルーネスとレフィアから繰り出される連撃。いくら鱗に覆われているとはいえ、与え続ければダメージは蓄積される。
この暑さだ、戦闘はもう終わりにしたい。
皆の思いが合致する。弱ってきている所を見逃す慈悲など、盗人には無用だ。相手に攻撃する隙を与えないよう、次々と斬撃を、魔法を撃ち込む。
首元に鱗の剥がれ落ちた箇所を見付けた。今ならいける、確信したルーネスは双剣を構え直し、渾身の一撃が首を切り落とすと、ついにサラマンダーの巨体が地に伏せた。
「はぁ、はぁ…ほんっと迷惑なやつ…!!」
額の汗を拭いホルダーにダガーを収めるレフィアの姿は女性ながらとても格好良くて、正直男前だと思ってしまったのはユウリの胸の内に仕舞っておこう。
「あれが火のクリスタルだな」
敵対する者が塵となり消えてなくなれば、そこに残るのは神聖な空気と厳かな静寂。力強く優しい輝きを放つ、深紅のクリスタル。歩み寄ると、心に直接呼び掛けてくる、声。
───光の戦士達よ…
炎の中に眠る光の心をそなたたちに授けよう!
光と闇を分かつ者達よ
この世界に再び希望を…
直後、五人の心に強い力が与えられたのを感じた。火のクリスタルの力だ。
己の身を呈し瀕死に陥った味方を守り抜くナイト
その類い希なる知識で弱点属性を見破る事の出来る学者
弓矢の扱いに長け後方から確実に魔物を射抜く狩人
自然を操りその地形に応じた技を呼び出せる風水師
四つの新しい心が皆の中に刻まれ、物理や魔法とはまた違った部分が特化した、専門知識を持つ職。これらが必要になる事態が起きた時、戦略の幅が大きく広がるだろう。
この場所でやらなければならない事は全て済んだはず。心配しているだろうドワーフ達の住処へ戻り、宝物の角を返してあげよう。
その前に、エンタープライズへ戻ったらまずは汗を流そう。べたついた肌と、しっとりと濡れた着衣が纏わりついて気持ち悪い。
クリスタルの後ろにある魔法陣から洞窟の入口へ空間移動する。頬を撫でる外気が涼しい。灼熱地獄から解放された事で、皆から安堵のため息が零れた。
シャワーを浴び服を着替え、身も心もさっぱりとした彼等を迎え入れてくれたドワーフ達から感謝を浴び、さあこの地を後にしようと歩みを進めた所で飛び込んできた、突然の訃報。
以前訪れた際に略奪の限りを尽くされていたトックルの村が、ついに得る物が無いと判断されたのだろうか。近い未来、焼き払われようとしているらしい。
村から命からがら逃げてきたのだろう、満身創痍になりながらも現状を報せに来てくれた彼の意志を汲まないわけにはいかない。
静かに息を引き取った、名も知らぬこの勇敢な男性を、どうか手厚く葬ってほしい。ドワーフ達にそう伝え、トックルの村へと急いだ。まだ惨劇が起きていない事を、祈りながら。
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