FINAL FANTASY V | ナノ
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▼ 32 優しさに触れて

   レフィアは考えていた。デッシュに抱いた最初の印象は、軟派でへらりとしていてフランクな、どこにでもいる年上の男の人。前者は最後まで覆ることは無かったが、どこにでもいる、という部分だけ訂正しよう。

   記憶を失っているのに前向きで、周囲に溶け込む能力も高く、いざという時には背中を預けられる、頼れるお兄ちゃんのような存在。それが、最終的に抱いた印象だった。

   同時に少し。ほんの少しだけ、名前を呼ばれる事が、笑いかけてくれる事が。嬉しいと、感じていた。それが淡い恋心だったのかどうか分からないまま、目の前から姿を消してしまった彼。

   恋仲になりたいとか、そういった事は考えていない。なぜなら彼には恋人がいて、お互いに想い合っているのが見て取れたからだ。

   だからほんの少しだけの、憧れ。カズスの町には居なかったタイプの男性と接した事による、新鮮を感じただけ。そう思っていなければ、あまりにも、辛いから。

   涙に濡れた瞳をそっと開くとそこは既に船上で。何らかの方法で彼が転移させてくれた先なのだと、理解する。

   もう日暮れの時。穏やかに凪いだ海はレフィアの心と相反していて、深い碧に吸い込まれていきそうだ。


「私達はデッシュに生かされたんだ」


   聞こえてきたイングズの言葉も、耳には入っているが反応は出来ない。けれど、理解は出来る。生かされた、それは紛うことなき事実として。

   対岸の岬との間で航路を阻むように渦巻いていた潮が消えていく。この先から外海へ出られる。彼の言っていた火の力があるドワーフの住処は、おそらくこの先にあるのだろう。


「今日はもうこのまま休んで、明日ドワーフの所へ行きましょう。体力消耗していますし、魔力も底を尽きそうです」


   聳え立つ塔を見上げてみた。地上からは結構な高さがある。これを登りきり、道中は魔物と、最上階では強敵と対峙していたのだ。それだけで相当な負担が掛かっていたのは考えるまでもない。

   アルクゥの発言に他の皆も賛成し、レフィアも頷いた。正直とても疲れたと、そう感じたのは、体力を削られた事よりも精神的な疲労が大きく占めているのだと思う。

   ふと視線を感じ顔を上げると、心配そうにこちらを見るユウリと眼が合った。彼女も涙を浮かべていたのを知っている。力なく微笑みを向けると、傍に寄り手を握られた。


「私の魔法で、心も癒やす事が出来たら良いのに…」


   落ち込み気味に零された呟きを聞き、なんて優しい子なのだろうと思う。自分だって辛いはずなのに、それよりも人の心配をしてくれるなんて。


「…大丈夫よ。ユウリ、ありがとうね」


   伝わる温かさだけでも、幾ばくか心が落ち着いた。人肌のもたらす体温は傷心した胸に、直に響いてくる。

   …きっと、彼女も誰かにそうして貰ってきたのだろうなと。少し羨ましく思いながら、ユウリの手を握り返した。

   鍛冶の修行ばかりしていた自分とは違う、柔らかな手。武器を持つことすら似つかわしくない女の子のそれは、男性からしたら守ってあげたいと思うのだろう。幼なじみの二人、特にルーネスからは顕著に感じ取れた。

   今夜は誰かと一緒に居たい。そう思ったけれど、同様に疲れているだろうユウリを付き合わせるわけにはいかない。

   あまり食欲はわかないけれど、もう結構な時間、何も食べていない。それはさすがに良くないと判断し、軽く口にして空腹感を満たす。自室に戻ると押し寄せてくる孤独感。

   寂しい。心にぽっかり穴が空いてしまったようだ。体力を癒さなければならないのは分かっているが、まだ眠れそうにない。夜空に浮かぶ月を意味もなく眺めながら、ただ時間が過ぎていくのを待つしかないのだろうか。

   扉がノックされた音に、ぼうっとした意識が引き戻された。誰だろう、ユウリだろうか。はい、と短く返事をし扉を開けると、そこに立っていたのはアルクゥだった。

   思いもしなかった来訪者に、暫し固まる。動かないレフィアを見て、アルクゥが困惑気味に名前を呼んだ。はっとして、思う。自分は今、失礼な事をしてしまっていたのではないか。


「あ…ごめんね、ちょっと予想外で…」

「僕の方こそごめんなさい、驚かせてしまって…」

「ううん。どうしたの?」

「あ、えっと…」


   少し言いにくそうに視線を逸らした彼。何を言おうとしているのかは分からない。明日の予定だろうか?


「とりあえず、入って?」

「え、でも…」

「いいから」


   アルクゥの事だから違うとは思うが、用件がただの雑談でも、今は誰かと話をしていた方が気が紛れるのは事実だ。

   部屋に招き入れベッドに座ると、どこに居たら良いのか分からず扉の前に立っている彼の様子に少し微笑って、椅子に腰掛けるよう促す。


「ありがとうございます」


   礼儀正しく礼を言い微笑み返してくれる彼が遠慮がちに座るのを見届けると、ずっと思っていた疑問を問い掛けた。


「ねえ、どうしていつも敬語なの?ユウリとルーネスには違うみたいだけど」

「二人とは言葉を覚えるより前の、小さい頃から一緒に育ってきましたから」

「ウルの人達には使ってないという事?」

「そうですね。あ、でも…周りの大人達には敬語で話していたかも…」

「ふふ。礼儀正しくて丁寧で、アルクゥらしいわ」


   それはとても素晴らしい事だと思う。けれど、一緒に旅をしている仲間なのに、常に敬語で応対されると。どこか身構えられているようで。


「…ねえ、アルクゥ」

「はい?あ、用件ですよね、すみません」

「それも聞きたいけど、そうじゃなくて…敬語、やめない?」

「…え?」

「幼なじみの二人のようにするのは無理かもしれないけど、わたし達仲間なんだし…少しずつでいいから、もっと砕けて話してくれると嬉しいなって思うの」


   自分との間に距離を感じるのが、寂しい。年の近い仲間と友達みたいに接したいなと思うのは、自然な感情ではないだろうか。


「強制はしないけど…」

「えっと…じゃあ、そうします。じゃなくて、そうする、よ?」

「ふふ、よろしくね」


   僅かに頬を染めながら、なぜか疑問符を付けられた返答に思わず笑みが浮かぶ。たどたどしい口調がなんだか新鮮で、アルクゥとの距離がぐっと縮まった気がした。


「それで、僕が来た理由なんです、だ、けど…」

「…とりあえず喋りやすい方で良いわよ?」

「ご、ごめん…その…レフィア、きっとデッシュの事で凄く落ち込んでるんじゃないかなって思って…気になって…」


   伝えられた言葉を聞いて、驚愕した。気付いてもらえていた事だけでも嬉しいと感じるのに、それを気にして訪ねてきてくれたというのか。

   なんて、優しい心の持ち主なのだろうか。距離を感じるだなんて思ってしまった事を悔やむ。彼はいつも、周りをちゃんと見ていたのだ。

   アルクゥといい、ユウリといい。この二人の優しさを湛えた心は、どこか似通っているように思えた。

   同時に、先程温もりを分けてくれた彼女もまた、悲しそうにしていたのを思い出して。ユウリはどうしているだろうか。一人で、泣いてはいないだろうか。


「…わたしよりユウリの所へ行ってあげた方が良いかもしれないわ。女の子はこういう時、誰かに…傍にいて欲しいって思うものよ」

「ユウリにはルーネスが付いているから大丈夫。それに、そう言うのなら」


   きっと、レフィアは強がっているだろうから。たった一人で、涙を流すくらいなら、仲間を頼っても良いのだから。そう思い、アルクゥは続ける。


「レフィアだって、女の子だよ」


   放っておけないよ、と。ふわりと微笑みながら、遠慮がちに付け加えられた言葉。温かく柔らかい彼の優しさに、胸が締め付けられる。


「っ…」


   物心付いてから初めて経験した、誰かを失うということ。辛く、悲しく、苦しくて。その感情を、一人では到底抱え込めなくて。

   そんな時、誰かが傍に居てくれる。それがこんなにも心強く、気持ちを落ち着かせてくれるのだと、知った。

   心配掛けまいと堪えていた涙腺が、アルクゥの言葉に刺激されたようだ。じわりと浮かぶ涙が零れる前に、俯いて顔を隠した。

   育ての父親の元、修行、修行と毎日手伝いをしていたお陰か手先は器用になったし、そこそこ体力もついた。住んでいた町は炭鉱都市という土地柄、出来るお洒落も限られている。

   勝ち気だと言われる事はあっても、女の子扱いされる事はあまりなく、それ故に慣れていない。今みたいに優しくされたら、どう返すのが正しいのか分からない。

   我慢しなくても良いんだよと伸ばされた彼の手が、許可無く触れる事を恐れたのか。直前で、戸惑うように宙を彷徨った。

   ───今日だけは、無垢な優しさに甘えても良いだろうか。ユウリにしてもらった時のように、誰かの体温を感じていたい。

   引っ込めようとした彼の腕を取り、その手のひらを頬に寄せた。涙で濡れてしまうのが少し申し訳なく思う。

   あたたかい。されるがままになってくれている彼の優しさが、この体温から伝わってくるようで。なんだかとても、安心した。


「なんか…恥ずかしいです…」

「…そういうこと言わないで、わたしはもっと恥ずかしいんだから」

「うん、ごめん…。…あの、レフィア、」

「なあに?」

「もしかしたら、だけど…もっと落ち着く方法、知ってる気がするんだ。試してみても…いい、かな?」

「…?…うん」


   アルクゥが動いた気配がして、顔を上げた。緊張したような面持ちでこちらへ一歩 歩み寄ると、本当に良い?と再度確認をされる。

   何をされるのかは分からないが頷くと、身体が暖かい何かに包まれた。それがアルクゥの腕だと理解した時には視界が覆われ、気付く。

   今、自分は、抱きしめられているのだと。伝わる体温のあまりの心地好さに、心が癒されていく感覚を覚えた。


「嫌じゃない…?」

「…全然、嫌じゃない」

「…落ち着くかな?」

「うん…すごく…」

「そっか、良かった…」


   きゅ、と。少しだけ、包み込んでくれる腕に力が込められた気がした。異性に抱擁されるのは、父親以外ではあまり覚えがない。同じ年頃の男性に、こんなに優しく扱われているという事実に気付き、頬に熱が集中する。

   なんだか恥ずかしい。でも、まだこの心地好さから離れたくない。レフィアからもそっと身を寄せると、少しだけ、彼が微笑んだ気配がした。


「…こういうの、どこで覚えたの?」

「ルーネスが、いつもユウリにしていたんだ。どんなに泣いていても、こうすると必ず落ち着いていたから」


   ああ、だから先程アルクゥは、ユウリにはルーネスが付いていると言ったのか。彼女もきっと、包み込んでくれる優しさと温もりを感じながら、安堵を覚えているのだろう。

   ふ、と身体の力を抜くと、支えるように体勢を直してくれた。ユウリは昔からこうしてもらっていたのか。凄く羨ましく思える。

   ぎこちなくだが髪を撫でてくれるのも嬉しい。暫く身を委ねていると、頭上から聞こえる穏やかな声。


「…デッシュはきっと生きているよ。そう信じていないと、戻ってきた時に怒られちゃうよ?俺を殺すなーって」

「ふふ…そうね、勝手に死んだ事にしたら失礼だもの。…ありがとう。お陰ですごく落ち着いたわ」

「ちゃんと眠れそう?」

「ええ、もう大丈夫」


   少し名残惜しいけれど身体を離し微笑みを向けると、アルクゥもまた、安堵したように微笑んだ。部屋を出る彼を見送り、ふぅとひとつ息を吐く。

   デッシュ、見ていて。あなたの示した先で、必ずクリスタルの力を手に入れてみせる。そして世界を救うため、闇を振り払ってみせるから。


「…ありがとう。どうか無事でいて…」


   その時まで何があっても、たくさん頑張るから、だから。また、どこかで、必ず───




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