▼ 31 待ち受ける使命
───ようこそ オーエンの塔へ
ここが貴様らの墓場となるのだ…
塔内に響きわたる、禍々しい声。どこから聞こえてきたのか周囲を見渡してみても、それらしい姿は確認出来なかった。
蛙から人間の姿に戻り、機械仕掛けの内部を進む。所々で回る歯車は何を動かしているのだろうか。踏み外さないように足場を確認しながら襲いかかってくる魔物を屠(ほふ)るのは、中々に骨が折れる。
一つ、また一つと階を上っていくにつれ、この場所に見覚えがあると、デッシュは言う。記憶を取り戻してきているのだろうか、断片的な破片をつなぎ合わせようとしているようだ。
───永久に彷徨い続けるがいい…
オーエンの塔、五階。周囲をぐるりと壁に囲まれ、一見したらここが行き止まりのように思える。だが、これはあまりにも露骨だ。聞こえてきた声から察する事も出来るが、何かしら仕掛けがあるに違いない。
デッシュは足を進め、ひとつの壁の前で立ち止まった。徐(おもむろ)に手を翳すと、ガコンと何かが外れる音。覗き込めばそこにはスイッチが露出し、押した事により仕掛けが作動したようだ。
彼の中に眠る記憶が、構造や仕掛けを解読する知識が、この場の空気に感化されて無意識に呼び起こされているのだろうか。
「俺は…、…古代人…」
「どうしたの?いきなり。あなたも古代人の末裔だったの?」
小さく呟かれた声。近くにいたレフィアがそれを聞き拾い振り返ると、問い掛けた。
「違う…俺は…」
少しずつ、けれど確かにピースが嵌まっていく。完全ではないそれはもどかしく、しかし無理に思い出そうとするとノイズのような頭痛が走る。
「あと少しで全部思い出せそうなんだ」
何かを堪えるようにこめかみを押さえる彼の姿に、レフィアは胸を締め付けられるような思いを抱いた。
この場所で、記憶が蘇ろうとしている。それは即ちオーエンの塔に関する使命を担っている、という事になるのではないか。
こんな、人気のない、魔物の巣窟と化した機械仕掛けの塔で。彼は何をしなければならないのか。考えてみても分からないが、何故だか少し…嫌な予感がする。
それでも、ここまで来たら後には戻れない。一体どのくらい上って来たのか数えてはいないが、皆に少々疲弊の色が見え始めた時。
轟々と、燃え盛る炎の音が聞こえた気がした。この先が最上階になるのか、それともまだまだ先があるのか。
階段を上がりきったそこにあったのは、音の正体。何かを燃やし続けている窯のような、巨大な機械。今にも炎が吹き荒れそうなそれを確認しデッシュが駆け寄ろうとした、その瞬間。
「くそっ、モンスターか!」
六人の前に立ち塞がるように現れたのは、蛇の髪の毛を持つ怪人…否、巨大な頭だけの魔物だった。おそらくは随所で聞こえてきた声の正体もこの魔物だ。
「ザンデ様の命令によりこのメデューサが塔を破壊し 、この大陸を闇の星へと還すのだ」
「ふざけるな!そんな事させてたまるかよ!」
「ヒッヒッヒッ…邪魔はさせん!死ねい!!」
突如、爆炎が皆を襲う。これは黒の魔法か。詠唱が早い。それに威力も、今までの魔物とは桁が違う。
加えて意志を持った蛇も触手のようにその身体を伸ばし、鋭い牙をむきながら迫ってくる。これは中々に手強い。
「ユウリとイングズは下がって回復を頼む!アルクゥも後方で攻撃魔法を、デッシュはオレと一緒に!レフィアはあの厄介な蛇を落としていってくれ!」
「ああ!さっさとぶっ倒すぞ!」
「任せてちょうだい!」
「回復力を考えると深手はユウリが、浅い傷は私が治した方が効率が良いだろう」
「危なくなったら僕もアイテムで援護するよ!」
「分かった!」
即座に戦闘態勢に入ったルーネスは指示を出すと剣を抜き、炎を避けながら敵の懐に飛び込んで行く。その的確な指示は皆の動きに迷いを無くし、それぞれがするべき事に集中出来る。
メデューサの放つファイラをアルクゥのブリザラで相殺し、続けて雷撃魔法のサンダラを放つと、相手も同じくサンダラを唱える。お互いの魔力が空中で衝突し、激しい爆発が起きた。
巻き上がる煙に視界が奪われる。その隙をついて、強い癒しの光を届けるユウリが目障りだと判断したメデューサは彼女を標的に定めた。
本体から切り落とされながらも息絶えなかった蛇が物凄い早さで襲いかかってくる。咄嗟に防御態勢を取ろうとするが、もう間に合わない。
来る衝撃に身構えていると、しかし次の瞬間聞こえてきたのはギィンと鳴る鈍い金属音。迫る牙を剣で受け止め、そのまま切り裂いた彼の姿を、晴れた視界に捉えて安堵した。
「ルーネス、ありがとう」
体勢を直し礼を言うと、こちらに視線だけ寄越してふと微笑んだ。守るって言っただろ、絡んだ一瞬の瞳がそう告げているようで、ユウリも思わず微笑みが零れた。
メデューサに向き直り、再び素早く敵の元へ斬り込んで行く彼からは、恐怖心を感じさせない。彼が居ればどんな魔物と対峙しようと大丈夫だと、そう思える。
きっと。他の皆も感じているはずだ。真っ向から立ち向かっていく姿は勇気を与えてくれると同時に、敵の意識を引きつけてくれ、自身の役割に専念出来た。
今回だってそうだ。射程範囲の広い魔法を放たれても、追い打ちが来る前に回復魔法を詠唱し立て直せる。非力な魔法職でも体力を維持できるのは心強い。
突如、燃え盛る火炎が巻き上がった。魔法が起こしたものではない。これは、あの窯が吹いたものだ。胸騒ぎがする。何か、良くない異変が起きているのだろうか。
光の戦士達の攻撃を受け続け、既に瀕死の状態まで追い込まれていたメデューサがその様子に気付き、にやりと顔を歪ませた。
「ヒッヒッ…この大陸が落ちるのも時間の問題だな…そうなれば貴様らも道連れだ…」
「黙れ!そんな事は俺がさせねえよ!」
「貴様ごときに何が出来る…世界は闇に堕ちるのだ…」
「うるせえ!!」
デッシュの渾身の一撃が、脳天を切り裂く。それが決定打となり崩れていくメデューサには目もくれず走り出した彼が向かう先は、炎が唸る窯。
「ダメよ!近寄っちゃ危ないわ!!炎が吹き荒れて今にも爆発しそうよ!」
レフィアの制止も聞かずに身を乗り出し炎の中を覗き込むと、焦燥の浮かんでいた表情がほんの僅かだが和らいだ。
「随分ひどいが…まだなんとかなるかもしれん。このままでは浮遊大陸は太陽から離れてしまい、どうなるか分からない…俺が中に入って暴走を食い止める。おまえ達は先に進め!」
「ちょっと、何を言ってるの!?そんな事したら、あなたが…!!」
「そうですよ!無事では済まないかもしれません!!」
「馬鹿な真似はよせ!自殺行為だぞ!」
レフィアの悲痛な叫び。アルクゥの心配の声、イングズの説得。そのどれもが、デッシュにはしっかり届いている。
しかし立ち止まるわけにはいかない。なぜならば、これが、自分の。
「やっと記憶が蘇ったぜ!俺はこの塔の監視人…古代人の生き残りさ。もしも塔に異変が起きた時、目覚めるように長い眠りについていたんだ。眠りすぎてちょっとボケていたみたいだな…」
抜け落ちていた記憶の欠片が全てかちりと嵌まった。すっきりとした気持ちと同時に思い出された、己に課せられた使命。炎の中に飛び込むという事は、生きて戻れる保証は無いに等しい。
けれど、不思議と迷いは無かった。それが使命なのだから、そう言われてしまえばそれまでなのだが、それだけではない。
皆と一緒に旅をしたのはほんの数日。その中で育まれた友情と信頼。理解した、抱えているそれぞれの使命。それを助長出来るのならば、それ以上の光栄など有りはしないと。そう、思ったから。
「ここでお別れだな…。随分世話になっちまったが、おまえ達との旅…最高に楽しかったぜ!」
「デッシュっ!!やめろ、死んじまうぞ!」
「お願い!他に方法が見付かるかもしれない、だから…!!」
「…時間が無いんだ。ルーネス、ユウリ。ありがとうな。おまえ達の話、もっと聞きたかった。これからも仲良くやるんだぞ」
「そんな…嫌、デッシュ…!!」
「気にするな、これが俺の使命だ…!おまえ達はドワーフの島へ行け!そこに火の力があるはずだ」
炎に向き直るデッシュの姿に、覚悟と決意が見て取れる。これ以上は何を言ったところで、意志が変わる事はないだろう。
それは同時に、別れを示唆している。まだまだ、たくさんお話したかった。色々な所を、それこそ下の世界を、一緒に旅して行きたかった。
「そんじゃなっ!あばよ!」
出会った時からいつも明るく、楽しそうにしていた彼に、こんな結末が待っていただなんて。炎の中に身を投じる直前、振り返り笑顔で手を振った姿がとても綺麗で、力強くて。
最後まで、彼らしく。気配を残したまま。閉じた瞳を開けば、今でもそこに居て笑いかけてくれるような、そんな気さえするのに。
「デッシューッ!!」
「レフィア、駄目だ!君まで危険な目に遭ってしまうぞ!」
イングズが窯に駆け寄ろうとしたレフィアの腕を掴むと同時、炎が大きく爆ぜた。中で何が起こっているのかは分からないが、きっと。デッシュは使命を果たし、この浮遊大陸を救ってくれるだろう。
彼の覚悟に敬意を表して。無事でいてくれる事を祈ろう。そして再会を、いつの日か、必ず。そう信じていなければ…先へ進めそうにないから。
くらり、視界が揺れた。封印の洞窟で魔人を倒した後に感じたものと似ている。
ああ、そうだ。これは、空間移動の魔法。五人の中でそれを扱える人物は居ない。となると、詠唱元は一人しか考えられない。若しくは同等の効果があるアイテムを使用したのかもしれない。
そのどちらにしろ、デッシュはまだ、生きている。けれど、もうお別れだ。この場所から…彼の気配から、遠ざかっていく。
俺は大丈夫だから、いつまでもそんな所にいないで早く次の場所へ行けよ、と。そう、言っているようで。それがなんだかとても、彼らしく思えて。
少しだけ───頬を伝う涙の数が、減った気がした。
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