▼ 30 オーエンの塔
古代人の村を後にした一行は、アーガス城へ向かう道中で不思議な森を発見した。船を寄せ立ち寄ると、そこには童話の中でしか存在しないと思っていた妖精達が、予期せぬ事態に嘆きの声を上げていた。
トックルの西の砂漠を移動している樹は、この地で一万年以上も生きてきた、長老の木だという。果てしない長い年月をかけて大きく強く、逞しく。そして時代の移り変わりを見てきた膨大な知恵を、利用されたのだ。
これに深く傷付いた様子を見せたのは、アルクゥだった。彼は長老の木の事を本で読んだ事があり、熟知していたみたいだ。
いつかこの眼で、その壮大なる姿を。そう願った事もあるのに。私利私欲の為に利用され、根から引き抜かれ、傷付けられ。痛ましい姿が容易に想像出来、胸が苦しくなる。
木に呪いを掛け、城の姿に刻んだ悪しき者の名は、神官ハイン。アーガス城の兵士はその邪神官に操られ、トックルの村を襲った。そう考えると、不自然な悪行にも合点がいく。
この森の、命の源である長老の木が戻らなければ、いずれ森は枯れ果て死んでしまう。そんな事はさせない。絶対に、させてなるものか。
妖精達の願いを胸に抱き、アーガス城を視界に捉えた時に感じたのは、異様な雰囲気と不気味な影。厳密に言えば、目に見える影ではない。全体を覆い尽くそうとしている、邪悪なオーラとでも例えようか。
歴史のある、荘厳な城。そこにはそれ相応の人々が生活していると、誰もが思うだろう。けれど静まり返った城内には、人っ子一人気配が感じられなかった。
「本当に一人もいないなんて変よね」
眉根を寄せたレフィアが、怪訝そうに呟く。ハインは兵士のみならず、王や民までをも連れ去ったのだろうか。そんなに大勢の人々を集めて、何をしようとしているか、全く予想も出来ない。
「どうしようか…あの様子だと外から長老の木には入れなさそうだったし、他の侵入経路を探すか?」
「アーガス城で何か手掛かりが掴めれば、と思ったのだがな…この状態では…」
捉えられた人々はおそらく一ヶ所に集められているだろう、そう考えたルーネスとイングズは、どうしたら助け出せるのかを考えている。
それも勿論、やるべき事。しかしデッシュは古代人の村で聞いたオーエンの塔と呼ばれる、この先の岬に立つ塔が、どうしても気になる様子。
失ったはずの記憶が、断片的に訴えている。オーエンの塔へ向かえ、早く行かなければ手遅れになる、と。
考える度にざわりと胸を騒がせる、焦燥感。その正体は未だ、掴めていないのだけれど。
「未来が見えるという、グルガン族が住む谷に行ってみるのはどうかな?何か、知っている事を教えてもらえるかもしれない」
「僕も、ユウリの考えに同意です。ここに手掛かりが無かった以上、他の所に行くのも手かな、と」
二人の発言に、考えが行き詰まっていた皆も頷いた。グルガン族の住む谷は、ここからすぐ西の方向にある。
人里離れて、ひっそりと暮らすグルガン族。彼等は生まれつき目が見えない変わりに第六感が発達し、未来を見る力を得たようだ。
六人が谷を訪ねてくる事も、更にはクリスタルに選ばれた戦士だと言う事、大いなる力を受け取った事までをも、既に予言済みだった。
この世界には最初に啓示を受けた風の力を司るクリスタルの他に、火、水、土と、四つの力が存在するという。それら全ての力を授かり、迫り来る闇を打ち払うことこそ、光の戦士としての使命。
そして徐々に明らかになる、デッシュの使命。やはり本人が思っていた通り、オーエンの塔、そこに彼の運命が待ち受けている。グルガン族は、そう予言した。
きっと役に立つ時が来ると、蛙の姿になれるトードと呼ばれる白の魔法を受け取る。蛙にならざるを得ない状況とは、一体どういう時だろうか。
「俺の中の第六感が訴えてる。オーエンの塔に行かなければ…」
すぐにでも行った方が良い、と。彼がここまで真剣な眼差しで言っているのだから、無視は出来ない。長老の木へ入る方法は結局分からず終いだった事もあり、先に塔へ向かおう。
塔の内部は水が浸食し、造りは入り組んだ迷路のようだ。機械仕掛けのこの塔、くまなく次の階への入口を探してみるが、何故だか見つからない。
おかしい、外から見る限り確かに上へと続く道があるはずなのだが。見落としているのか?いや、そんなはずは…。
「もしかして…」
行き止まりの壁、そのまま辿るように水面へと視線を移したレフィアが、やや引きつったような呟きを零した。
水面下の壁に、小さな穴。これは、このサイズは、もしや。
「グルガン族がトードをくれた意味は、これだったのか!」
アルクゥは閃いたようにぽんと手を叩くと、ユウリの持っているトードのオーブに視線を移した。それを見たデッシュも声を上げる。
「よーし、潜るか!」
「えー!?嫌よ、蛙なんてっ!」
「まあまあレフィア、滅多に出来ない体験だと思って…ね?」
「うう…ユウリは平気なの…?」
「え?うん、まあ…ウルの村にもいっぱいいたし…」
「レフィア、これも慣れだ。仕方ないと受け入れてくれ」
「イングズまで…分かったわよ、行くしかないものね!」
「それじゃあ唱えるね」
ユウリが詠唱を始めると、小人になるミニマムの時と同じように、皆の身体が煙に包まれた。みるみるうちに、身体が縮んでいく。
手を見てみると、もちっとした見た目にぷっくりとした指先。おお、完全に蛙になっている。声を出そうとしても、人間の言葉にはならず、ゲコゲコと蛙そのものの鳴き声しか発せられなかった。
これは少し、面白い。レフィアは嫌がっていたが、すいすいと水中を泳げるこの姿も、なかなか悪くない。かも、しれない。
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