FINAL FANTASY V | ナノ
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▼ 29 大陸の終わり

   不自由なく平和に暮らしている町や村がある反面、何かの脅威に怯えている地域もある。ウルやカナーンは前者に、以前のカズスやサスーン、バイキングのアジトは後者にあたる。

   そして先程足を踏み入れた、トックルの村も後者だ。声を掛けただけで逃げ去ってしまう程に人々が怯えるのは魔物の影ではなく、同じ人間だと言うのだから驚愕した。

   例の大地震後、アーガス城の紋章を付けた兵士が西の砂漠からやってきては年若い人々を連れ去り、食料を奪っていくとの話が聞けた。そしてその西の砂漠には、宙に浮いた巨大な樹が意志を持ったように動き回っているという。

   おそらくだが、その奇妙な樹がある場所へ連れ去られているのだろう。何が目的なのかは分からない。しかしこのまま放っておくわけにはいかない。


「なんてひどい有様なんだ…」

「本当にアーガスの仕業なのだろうか…俄(にわか)には信じられん…」


   苦々しいデッシュの呟きに、眉を寄せたイングズも同調し頷いた。同じく城に仕える兵士として、人道に外れた事を平然とやってのけるアーガス兵の所業は許せないのだろう。

   しかし、これは何かの間違いかもしれない。その考えがあるのも確かであり、一概にそうだと決め付ける事は出来ないと、やりきれない思いを抱いていた。


「大地震以降、兵士がやって来るようになったと言っていましたね。何か関係があるのかな」


   アルクゥの考えに皆が同感する。やはり思いつく先はそこだ。各地で異変が起こった時、その先に関係しているのは件の大地震。思った通りそれが災厄の引き金、なのだろうか。

   アーガス城へ向かおう。聞くところによると場所はここより北。シドが新たに飛空艇を作るには、まずアーガス王に会えと言っていた。どちらにせよ、遅かれ早かれ訪ねる事になるのだ。

   だがその前に、もうひとつ。いや、ふたつ。気になる話を聞いた。

   ひとつは西の砂漠を越え、更に西へ進んだ先。そこには自らを古代人の末裔と謳っている人々が住む村がある、という事。

   もうひとつは、アーガス城から西へ行った山の中に、グルガン族という一族が住んでいる谷がある、という事。その一族は驚く事に、未来が見える能力を持っているという。

   どちらの場所も、何かしらの情報が手に入るかもしれない。まずはここから一番近い、古代人の村へ向かおう。陸沿いを進めば、すぐ近くまで船を寄せる事が出来る。

   錨を下ろし、簡易的な結界を作動させる。昨日デッシュがルーネスとユウリを呼びに来た時に言おうとしていた事。それは、エンタープライズ号には魔物の進入を感知する結界を作動させる装置が備わっている、という事だった。

   これにより、夜通し見張りを立てずとも皆が身体を休められる。バイキング達の技術と、そんな凄い船を譲渡してくれた気前の良い心に感謝をしつつ辿り着いた、森に囲まれた村。

   足を踏み入れるとそこは、ひどく懐かしい空気が流れているような。ゆったりと、穏やかに。時間の経過がゆっくりに感じられる、そんな気さえするような。

   村人は皆、旅人を快く受け入れてくれた。そこで聞いた話はどれも壮大で、中には信じられないような、驚愕する内容のものも含まれているのが興味深い。


「この大陸が空中に浮いてるって、本当なのかしら?だとしたら凄い技術よね。わたしには原理がさっぱり分からないわ」

「古代人の先祖が光の力を使いすぎて氾濫を起こしたと言っていたな。その時は闇の戦士がやってきて、氾濫を食い止めたと。王が言っていたのはこの事だったのか」

「光と闇のバランスを保っているのがクリスタル…氾濫が起ころうとしている時、クリスタルが力を託す者を選ぶ…僕達は本当に、光の戦士なんですね」

「私チョコボに乗ってみたい…」

「大陸一周したら景品くれるって言ってたな。一緒に行ってやろうか?」

「えっ、良いの?でもちょっと怖いな…二人乗り出来るのかな?」

「この浮遊大陸を支えている、オーエンの塔…どこかで聞いた事があるような…うーん…この村で話を聞いてると何かを思い出しそうだ…」

「あら、それならもう少し色んな人に話しかけてみましょ。その間にユウリとルーネスはチョコボで走ってきたら良いんじゃないかしら?」


   何人かの村人に聞いた話を、それぞれがまとめている。若干二名、違うものに興味を誘われているが、景品が何なのかも少し気になるところ。旅に役立つものならば、貰っておいて損はない。


「そうだな、俺のために待たせるのも悪いし…皆もそれぞれ自由に過ごしていてくれよ」

「わたしはデッシュと一緒に行こうかな。古代人のお話、聞いているの楽しいもの」

「ありがとな、レフィア」

「じゃあ僕は魔法屋を覗いてます」

「ではそれぞれ用事が済んだら、村の入口で落ち合おう」


   チョコボとは主に移動手段として乗られている、大きな体躯の鳥類である。人懐こく気性も穏やかで、誰かを乗せる事を嫌がるどころかむしろ好んでいる、愛玩動物としても人気が高い種。

   空を飛ぶことは得意としていないが、その脚力は強く、高速で大地を駆けるその姿は文字通り風を切っているようだ。

   普段は滅多に怒ることはないが、ひとたび逆鱗に触れるとその自慢の脚で思い切り蹴られる事になるらしい。魔物をも余裕で撃退するその力、場合によっては致命傷にもなり得るので気を付けたい。

   二人でも騎乗できる、やや大きめなチョコボを用意してもらうと、その黄金色の綺麗な羽毛と愛くるしい表情に瞳を輝かせたユウリは、その胸元目掛けてばふりと抱きついた。


「わぁ、ふかふか…!もふもふ…!!あったかい…!!!」

「クェッ?」


   顔を押し付けうりうりと埋(うず)めている人間の姿がどう映っているのか、チョコボは首を傾げてされるがままになっている。

   未だ抱きついてきている頭に顔を近付け、頬ずりするようにすり寄っている所を見ると、嫌がってはいないようだ。むしろ構ってもらえて嬉しいと思っているようにも見えるのが微笑ましい。

   そんな一人と一羽のやりとりを見ていたルーネスも微笑いながら、首元あたりの羽毛をふわふわと撫で声を掛けた。


「少しの間、よろしくな」

「クェッ!」


   人間の言葉が分かっているのだろうか、元気よく一鳴きすると、乗って良いよと言うように身を屈めた。ユウリは後ろに乗りたいと希望を出したので、先にルーネスが鞍に手を掛ける。

   座ってみると思いの外、安定している。これは乗り心地が良さそうだ。ユウリに手を貸し引き上げると、いつもより高い視線にはしゃぐ声。


「よし、じゃあしっかり掴まってろよ」

「うん!しゅっぱーつ!」

「クェーッ!!」


   この浮遊大陸はそこまで広大ではないと、地図を見ながら教えてもらった。チョコボに乗って大陸を一周するのには、どのくらい時間が掛かるのだろうか。

   商人に聞けば今回は二人乗せているという事もあり、最速より多少時間は掛かるが、それでもそこまで時間を掛けずに戻って来れるそうだ。

   考えた事もなかったが、言われてみれば確かに、ウルの村を出発してからここまで来るのにそう日数が経っていない。魔物に出会わずどこにも寄らず、真っ直ぐに移動していたらあっという間の道程かもしれない。

   それに加え障害物の無い平坦な道を、スピードの早いチョコボに乗ってひたすらに走るのだ。すぐに一周出来るのも頷けた。

   森を抜け草原に出た時。視界に飛び込んできたその風景に、二人は思わず息を飲んだ。手綱から緊張が伝わったのか、チョコボもゆっくりと足を止める。


「ルーネス…これ…」

「大陸の、終わりだ…」


   その先には、ばっさりと切り取られたかのように大地が存在しなかった。確認出来るのは見渡す限りの空と雲。ただ、それだけ。

   正直、信じられなかった。古代人が嘘をついているとは思っていなかったが、それでもやはり、理解しがたかった。

   この目で見るまで、誰が信じられるのだろうか。この、何も知らずに生活していた自分達の住む大陸。それが本当に、宙に浮いていただなんて。

   最初はチョコボに乗ってみたいと、それだけの単純な理由だった。しかしこの大陸一周というのは、浮遊大陸と外側の世界との境界線を視認できる、物凄く貴重な体験かもしれない。

   ルーネスとユウリの二人は眼前に広がる光景を、妙に胸をざわつかせる情景を確認して、言葉を失っていた。

   ───怖い。形容しがたい不安がユウリを襲った。下の世界がどうなっているのかは分からないが、覗き込むのは到底不可能だ。雲よりも高い位置にある浮遊大陸、下界までの距離を想像しただけで足が竦んでしまいそうになる。


「とりあえず、この道を走っていれば一周できるはずだから、行こう」


   振り向いたルーネスに促され、頷いた。そうだ。ここで立ち止まっていたら、いつまで経っても皆の元へ戻れない。彼のお腹に回していた腕にきゅっと力を込め、それを合図に再びチョコボが走り出す。

   次第に早くなる速度をもってしても、外側の隔絶した景色が変わる事は無かった。船や、当然徒歩でもたどり着けない未知の大地。

   飛空艇があれば、降り立つ事が出来るだろうか。それならば尚の事、アーガス王に会わなければ。まだ憶測でしかないが、この浮遊大陸だけを旅していても、災厄の根本的な解決には至らないだろう。

   この大陸を抜けた先に、一体どれだけの大地が広がっているのか。今現在視界に捉えられる空と雲だけでは、想像すらも出来なかった。




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