FINAL FANTASY V | ナノ
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▼ 28 不安を払う口付け

   デッシュの部屋を後にし自室に着いた時、丁度ユウリの部屋の扉が開かれた。寝間着に身を包み、暗い廊下を照らすため明かりの灯ったランタンを持った彼女はルーネスの姿を確認すると、嬉しそうに顔を綻ばせた。

   ぱたぱたと小走りに駆け寄ってくるその姿は、ご主人様の帰りを喜ぶ小動物のように思えてとても可愛らしい。

   一応、他の部屋に居る皆に声が聞こえないよう気を払いながら。自室の扉を開けて中に入るよう促し、ベッドサイドに置いてあるランタンにも火を灯す。

   ゆらゆら揺れる灯。もう少し明るくしようかと問うが、このままで良いとやんわり制される。ベッドへ腰掛けると、すぐ隣に座ったユウリが口を開いた。


「デッシュの所に行くって言ってたから、まだ戻ってきてないかなって思ったけど…タイミング合って良かった」

「もしかして結構待たせた?」

「ううん、大丈夫。何のお話をしていたの?」

「ユウリとオレの関係を根掘り葉掘り聞かれた」

「や、やっぱりその話だよね…」


   見られてしまった時は恥ずかしさでいっぱいいっぱいになっていたので疑問に思わなかったが、よく考えてみると、デッシュの反応はやけに冷静だったように思える。

   二人の関係を知っていたからこその反応だが、ユウリはその事を知らない。疑問に思うのも当然だろう。その件について、ルーネスはドラゴンの住む山での会話内容を軽く説明すると、納得したように頷いた。

   勿論、お互い想い合っていると思う、という部分は伏せて。


「そっか、だからあの時…。ねえ、なんて答えたのか聞いても良い?」

「とりあえず嘘は通用しなさそうだったから、結構いろんな事話しちゃった、かも…ごめん…」

「ううん、見られちゃったんだし、仕方ないんじゃないかな…誰かの現場を見ちゃったら、私も気になって聞いてしまうかもしれないし」

「デッシュは気になるんだってさ、オレ達の関係が」


   この関係をなんと呼ぶのか、それは自分達にも分からない。二人はお互い顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。


「ユウリは何してたんだ?」

「私はアルクゥのお部屋にいたよ」

「…そ、か」


   ───ユウリとアルクゥも、そういう事していたのか?

   デッシュの言葉が浮かんだ。自分以外とはしていないと思うと、そうは言ったものの、ユウリに事実を聞いた事はない。

   おそらく。たぶん。きっと。あやふやな表現しか出来ないそれは、ルーネスの胸中を少々焦らせた。

   当然ながら、ユウリとアルクゥも仲が良い。けれどその背景に何かあるかもしれないだなんて、考えた事も無かった。

   …不安、なのだ。恋人関係ではないゆえに、相手の行動を制限する権利などない。他の誰かとそういった事をしていても、俗に言う浮気には当てはまらないし、それは相手の自由だ。

   なのに、彼女を自分以外の誰かが、自分がしているように触れていると考えただけでも───嫌だ、と。そう思ってしまうのは、仕方のない事ではないだろうか。

   隣で微笑むユウリの肩を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。いつものように、すり寄ってくる温もり。それがとても嬉しいと思うのに。


「…何してたんだ、アルクゥと」

「おしゃべりしてたよ。魔法の事とか、飛空艇の事とか。今でも思うけど、シドさん本当に無茶だったよね」


   おかしい事ではない。幼なじみと話をしていただけ。ただ、それだけだ。けれど楽しそうに、笑いながら話している彼女に、不安を覚えてしまっている。

   ああ、もう。デッシュが変な事を言ったせいで、余計な事を考えてしまうではないか。ルーネスは思いながら、彼女の耳元に唇を寄せた。


「ユウリ、さっきの続きしよっか」


   意図せず低くなった声はユウリの鼓膜を直に響かせる。不意打ちな刺激に思わず肩を震わせ反応すると、そのまま首筋に口付けを落とされた。

   洩れてしまいそうになる声を抑えようと、ルーネスの肩口に顔を押しつけた。こっち向いて、そう囁かれた声は心地好い音になって、ユウリの中に染み渡っていく。

   導かれるままに顔を上げると、しかし彼の瞳はいつものような色を湛えた微笑みではなく。優しい光の中に少し、切なさを含んだような。

   どうしたの、何かあったの、その問い掛けは言葉になる事なく、口付けに飲み込まれた。

   ちゅ、と軽く、触れるだけの柔らかな口付けを何度か繰り返す。離れてはすぐに重ね、時折ぺろりと唇を舐められて。

   それは次第に深く、甘く。与えられる刺激に耐えようと、触れていた彼の腕をきゅっと握った。それに気付いたルーネスは、ユウリの後頭部に回していた手のひらに力を込める。更に、深く重なる唇。


「んっ…ふ、ぅ…」


   吐息すらも飲み込まれそうな程に深く、けれどゆっくりと、優しく口内を犯すような口付けを与えられ、ユウリは腰の力が徐々に抜けていく感覚を覚えた。

   脱力感に逆らえずに身を委ねると、背中がシーツに触れる。体勢を変えそのままベッドへ沈むと、ルーネスはユウリの下腹部に跨がり再び唇を重ねた。

   体重を掛けないように、腰を浮かせてくれている。少々きつい体勢のはずなのに、その気遣いが素直に嬉しい。

   長く、永遠にも思えるような、甘くとろけそうな口付け。身体は熱く、感情の昂ぶりから流れる涙は、そのままシーツに零れていった。

   舌先を吸われ、優しく食(は)むように唇を挟まれると、ちゅ、とひとつ音を立て、満足したようにゆっくりと離れていった。湿り気の帯びたそこが外気に触れて少しひんやりとする。


「は、は…はぁ…っ」


   酸素を求め短く呼吸をしていると、頬を撫でてくれる手。触れ方は優しく、いつもと変わらない。けれど先程の瞳が、どうしても気になってしまう。

   手を伸ばし、彼がしてくれているように、優しく。その頬に触れると、微笑みを浮かべて問い掛けた。


「何かあったの?」

「…どうして?」

「少し、いつもと違って見えたから」


   気のせいだったら良いのだけど。ユウリはそう続けたが、その心配の色を含んだ瞳に見つめられたら、誤魔化しようがない。

   それもそのはずだ。ユウリはルーネスが思っている以上に、彼の事を見てきている。ルーネスがユウリの些細な変化に気が付けるように、彼女もまた、彼の事はよく分かっているのだから。

   お互いの頬に触れたまま、僅かの沈黙。硬くなった表情をふ、と崩したルーネスは、縋るようにユウリを強く抱きしめた。


「…ユウリは、オレ以外とこういう事、したことある?」

「えっと…ハグの事?」

「いや。キス、とか…抱き合って一緒に寝る、とか…」


   聞くのが怖い気持ちはある。けれど今が、疑問を解く絶好の機会なのも間違いない。返答を待っていると、もぞりと動かされた彼女の両腕が、ルーネスの背に回される。


「普通のハグならしたことあるけど…キスも、甘えて寝るのも、他の人とはしたことないよ」

「…アルクゥとも?」

「うん。ルーネスとしか、しない」


   少し照れたように、けれどはっきりと。告げられた言葉の意味をすぐさま理解して、ひどく安心した。自分で思っている以上の安堵感。それは想いの大きさと比例しているからなのだろう。

   へなりと身体の力が抜けた。思わず全体重を掛けてしまったのか、うぐっ、とユウリの潰れたような声が聞こえ、慌てて身体を起こした。


「っと、ごめん、大丈夫か?」

「だ、大丈夫、私こそごめんね、変な声出しちゃって…」

「…物凄く安心した。デッシュにユウリとこうしてる、って話したら、同じ幼なじみのアルクゥとはしてなかったのかとか言うものだから、その…気になって…」

「それでなんだか雰囲気が違ったんだ。ふふ、確かに聞いてみないと分からない事だもんね」

「あぁー…なんかごめん本当…今すっごく恥ずかしい…」


   思わず身体を離すと隣に寝転び項垂れる。今、部屋が明るくなくて良かった。やや情けない姿を見せておいて言うのもなんだが、不確定な想像ひとつでこんなに動揺するとは思わなかった。

   ユウリが笑ってくれているのが救いだ。恋人でもないのに詮索しないでなどと言われたらどうしようかと思った。それは間違いないが、面と向かって言われたら、きっと立ち直れない。


「ね、ルーネスは?」

「ん、何が?」

「他の誰かと、そういう…事…」


   問い掛けの語尾が小さくなっているのが気になり、顔を上げた。瞳を伺い込むと、そこには不安と悲しみの色が滲んでいて。

   聞こうとしたまでは良かったが、言葉にするのも気が進まない程に、口にしようとしている想像は嫌だと感じたのだろうか。その先が続けられることは無かった。

   けれど、言わんとしている事は伝わった気がした。そうか。ユウリも、同じように感じてくれるのか。

   自分以外の人と深い関係になって欲しくないという独占欲。負の感情にも捉えられるが、お互いがそう思っているのならば、それは可愛い我が儘に形を変える。

   こんな表情をさせてしまったのを申し訳なく思う反面、それだけ自分の事を想ってくれているのだと分かって。じんわりと心が温かくなったルーネスは手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。


「ユウリだけだよ」


   とても綺麗な微笑みを湛えて伝えられたそれは、本心で言ってくれているのだと。ユウリはすぐに理解出来、その表情から不安の色を消した。

   顔を綻ばせて抱きついてきたユウリを受け止めてぎゅっと抱きしめると、どちらからともなくくすくすと笑いがこみ上げてくる。


「はー…幸せ…」

「オレも。凄く幸せ」

「あまあまだね」

「ユウリにだけな」

「えへ、嬉しい」


   心底嬉しそうに微笑って、すりすりと頬を寄せてくる彼女が可愛くて仕方ない。最初のうちはあまあまにしているつもりはなかったが、気が付いたらそうなっていた。

   おそらくユウリが甘えてくるのを嬉しいと感じているから、もっと甘えてもらいたい、可愛がってあげたい、と。そう思うようになり、自然と今の形になっていったのだろう。

   一度知ってしまったら簡単には手放せない、幸せ。胸に込み上がり溢れる想いが口をついて出てしまいそうになるが、それを伝えるのはまだまだ先だ。


「あのさ、ユウリはオレとキスするの、どう思ってる?」

「まだ恥ずかしいけど、とーっても幸せな気分になるよ。優しくてふわふわして気持ち良くて、私いつもとろけてるもん」

「そっか、それなら良かった」

「ルーネスはね、自分では気付いていないと思うけど、すっごく格好良いんだよ」

「はは、なんだそれ」

「本当に。だからいつもルーネスとこうしているとね、すごくどきどきするの。自分の心臓じゃないみたい」


   正直これは、反則だと思った。暗がりでも分かる程、頬を桜色に染めて。恥ずかしそうに、けれど幸せそうに胸に手を当てて。

   こちらの心臓を的確に撃ち抜いていくそれは、もはや天性なのだろうか。日中もそうだったが、やられっぱなしなのが悔しい。少しくらい仕返ししても罰は当たらないと思う。

   求めていた答えとは少しずれていたが、これはこれで嬉しい反応が聞けたので良しとしよう。胸の高鳴りを訴えてくれただけで、望んでいたものが聞けたも同然だ。

   ルーネスは身体を起こすと、ユウリの指に己の指を絡めた。そのままシーツに縫いとめ、先程していたように、彼女の上に覆い被さる。

   突然視界が変わった事に驚いてルーネスを見るユウリに、彼は少しだけ、悪戯心を含ませた瞳で囁いた。


「どきどきする?」

「うん、もうだめ心臓がもたない…!」

「じゃあもっとさせてあげる」


   ああ、言わなければ良かったと、ユウリは思った。色香を孕んだ声に、表情に、言葉に。その全てに、感覚が持って行かれてしまう。

   どきどきと早鐘のように鳴る鼓動を感じていると、再び降りてくる、優しいキス。瞳を閉じる直前、彼が微笑っているのが見えた。きっと、密着した箇所からこの忙しない鼓動が伝わってしまったのだ。

   まだまだ、夜は長い。身も心もとろとろに溶かされるような甘い口付けは、どちらかが眠るまで飽きることなく繰り返されるのだろう。

   火照りきった身体を冷まさなければ、到底眠れそうにない。けれど、このままずっと、彼とこうしていたいと思ってしまう。ユウリは思考が麻痺していく感覚を覚えながら、与えられる快感に身を委ねた。




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