▼ 27 待たせてる人
クリスタルの声を聞いてから、村で生活していた頃よりも絆が深まったと感じるのはあながち間違いでもないだろう。急速に進展している、そう捉えるか、先が予測できない旅路ゆえ、より感情に素直になっていると捉えるか。
そのどちらにせよ、こうしたいと思う望みが具現化するのは幸せな事だ。それにより心が満たされているのは間違いない。
エンタープライズ号はバイキング達自慢の船だった事もあり、なかなかに設備が整っている。航海生活に必要な保存食、いくつかある寝室に新しい寝具。浴室も完備されており、明かりも灯せるようになっている。
さすがはネプト竜の襲撃から唯一残った船。耐久力も申し分ない。なにより野営をするよりも魔物の奇襲を受けにくい利点が、皆の精神を休める事に大いに役立った。
簡単な夕食を摂り入浴も済ませ、それぞれが自由な時間を満喫している夜。船内のひとつの部屋で、雑談を楽しんでいる二人の男。
「しっかし本当に好きだって伝えあってねーの?どうみても恋人同士に見えるんだけど?」
「本当だって」
「ちゅーしようとしてたじゃねーか」
「し、しようとしてただけだろ!未遂だよ、未遂!」
「でもあの時、俺が来なかったらあのまましてただろ?」
「そ、れは…まあ…」
「まったく羨ましいぜーっ!」
現在ルーネスは、他の三人には黙っている代わりに教えてくれと、交換条件で質問責めに遭っている。見られてしまった手前、下手に言い訳しても無駄だ。
話題に上がるのは当然のように、デッシュが目撃してしまった二人の事。この際キスをしようとしていたか、していないかはどちらでも良い。色恋沙汰の話が好きなデッシュは、ルーネスとユウリの関係が気になって仕方ないのだ。
いや、曖昧な関係だというのは聞かされている。ならばその中で、どこまで済ましたのか…もとい、行動に移しているのか、それが知りたくてたまらない。
意地悪くされているのではなく、ただ純粋に「幼なじみで想い合っているのに恋仲ではない、けれどハグやキスはしている曖昧な関係」という、周りにあまり居ないだろう関係の二人が、デッシュの興味を物凄く引き付けているだけの話である。
…聞かれて話す方の身とすれば、その悪気の無い「純粋な興味」を向けられる事が非常に恥ずかしいわけなのだが。
「どれだけ好きなんだよ、こういう話…」
「まー良いじゃないかそれは。さっきのは未遂だったけど、実際の所はどうなんだ?」
「どうって、何が?」
「ユウリとキスしてんの?」
「ここでオレがしてない、って言っても信じないだろ?」
「そりゃあな!」
「聞く意味無いじゃないか」
呆れ気味の苦笑が浮かぶ。その絶対的な自信はどこからくるのだろうか。ドラゴンの住む山から下りている時も話をしていたが、そんなに分かりやすいのだろうか。
アルクゥも含め三人は幼なじみで同じ家に住み、物心つく前から一緒に育ってきて。抱きしめたり、同じベッドで眠る事はよくある事だった、と。そう話した時の、デッシュの驚愕した顔は記憶に新しい。
それはアルクゥともしていたのか?と問われ、オレはしていないと答えたら凄い剣幕で「おまえとアルクゥじゃねえよ!ユウリとアルクゥだよ!!」と突っ込みを入れられた。
正直、そこまでは分からないけれど。多分、オレ以外とはしてないと思う。そう付け加えると、妙に納得したように頷いて。
二人の雰囲気が違う理由が分かった。そうやって密度濃く過ごしている内に形成されたものなんだな、と。その言葉を聞いた時、いかに一緒に過ごしていたのか自覚した事も、つい最近の記憶。
「その先は?シたのかい?」
「そこまではさすがに…」
「ハグして一緒に寝てたのに!?」
「寝てるって言葉通り、朝まで寝てるだけだから。って、どこまで聞くんだよおまえは!」
「ははっ、まあまあ。ルーネスだってそういうのに興味あるだろ?」
「そりゃあ無いって言ったら嘘になるけど、そもそもオレ達はまだ恋人じゃないからな。そこまで手は出せないよ」
「好きな女の子を大切にする心…健気だねぇルーネス君…」
「普通だろ…そういうデッシュはどうなんだ、サリーナさんと」
エンタープライズを入手した後、少しだけ進路を外れてカナーンに立ち寄った。サリーナがデッシュに会いたいと願っているのを知っていたからだ。
彼女は泣いていた。それは以前のような悲しみからくる涙ではなく、再び出会えた喜びからくる、歓喜の涙。
もう泣かない、ずっとあなたを待っている。旅立つデッシュを笑顔で送り出した彼女には、最初に会った時とは違い、したたかな印象を受けたものだ。
「…戻ってやりたいと思ってる。そのためには早くやる事を済まさなきゃならないな」
デッシュの背負っているものは、どれだけ大きい事なのだろうか。本人が思い出せていない運命が、難しい事でなければ良いと願う。生きて、無事に戻る事を念頭に入れておいて欲しい。待たせている人が居るというのは、そういう事だ。
「そろそろ部屋に戻るよ、オレも待たせてる人がいるから」
「お、ユウリか?」
「いちいち鋭いな…」
「今度は邪魔しないから、ごゆっくり〜」
「はいはいどーも」
立ち上がり部屋を出るルーネスを見送りながら、デッシュは一人考えた。
「…待たせてる人、か」
呟かれた言葉は、誰に向けたものなのだろうか。自分自身が背負う運命がどのようなものなのか、一体何をするために存在しているのか。
未だそれを思い出せないデッシュは、漠然とした未来すらも描けないでいた。
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