FINAL FANTASY V | ナノ
×
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -


▼ 23 記憶喪失の青年デッシュ

   ドラゴンの住む山、その山頂付近に差し掛かった時、上空を覆う巨大な影が周囲を暗くする。響き渡る咆哮は凄まじい威圧感を持ち、何が起きたのかと身構える間もなく五人の身体は宙に浮いた。

   鋭い爪、堅い鱗。見上げたその先には、いつか本で見たドラゴンの姿。瞬間、認識した。ドラゴンは五人を、どこかへ連れ去ろうとしているのだと。

   驚愕して声も出せないままでいると、視界に入ってきたのは大きく口を開けて母鳥から餌を貰おうとする雛のような───ドラゴンの子供だった。

   ここはおそらくドラゴンの巣。放り出された身体は敷き詰められた枝が衝撃を和らげてくれたお陰で無事だ。

   今のところは、だが。


「このままだと無事では済まされないよな」

「ドラゴンはきっと僕達を餌にするつもりだよね…」

「きっと、じゃなくて絶対、ね。絶対」

「レフィア、そんな恐ろしい事を真顔で言い切らないでもらえないか」

「私まだやり残した事があるのに…」

「ハハハ!全て見物させてもらったよ。おまえ達もドジだねぇ〜!ドラゴンにさらわれてザマないな!」


   皆が口々に現状を嘆いている中、妙に楽観的な、笑いを含んだ声が突然聞こえてびくりと肩が跳ねる。

   ドラゴンの巣、産み落とされた卵と枝の間に隠れていた一人の人間。まさかこんな所に人間が、と非常に驚愕したのだが、五人もこの場にいるのだから、有り得ない話ではない。


「人のこと笑える立場かよ…あんたもドラゴンにやられたんだろ?」

「え!?」


   ルーネスの呆れを含んだ言葉に、その男性はぎくりと顔を引きつらせ自嘲の笑みを深めた。それにしてもこの男性もルーネスも、この状況下で見ず知らずの相手と普通に会話を出来るなんて。非常に肝が据わっている。

   少し緑がかった、深くて暗いターコイズブルーの逆立てた髪、切れ長の瞳。綺麗な顔をしたこの青年、年齢は五人より少し上だろうか。砕けた話し方や仕草から、若干若く見えるが。


「いやぁ…ハハハハハハ!俺はデッシュってんだ」


   彼がデッシュだったのか。カナーンで聞いた、ミニマムの魔法を所持する男性。その人を探していたのだから、出会えた事は喜ばしい事だ。軌跡を辿っていたとしても、出会える確率は決して高いとは言えなかった。むしろ奇跡に近いと思う。

   …状況が状況ゆえに、素直に嬉しいとは思えないのが残念な所なのだが。


「デッシュ、あなたとはもっと違う状況で出会いたかった…」

「ちょっとユウリ、そんな今際(いまわ)の言葉みたいな発言しないで!?」

「はは、お姉ちゃん面白いな」


   ユウリの絶望感漂う物言いに思わず反応したアルクゥも、その表情には焦燥が浮かんでいる。

   それもそのはず。何せドラゴンは生物の中で最も強いと言われ、あまりにも圧倒的なその存在感は神として崇められる程である。

   巨大な体躯からは想像も付かない素早さと強大な力を持ち、ひとたび翼を羽ばたかせれば竜巻が起きるとも伝えられているが、それは先程合間見えた時に間違いではないと思わざるを得なかった。

   その姿は実に神々しく、そして禍々しい。相反する印象を同時に植え付ける存在など、他に居るのだろうか。並の生物では到底及ばないだろう。

   そんな伝説の生物に、連れ去られてしまったのだ。これを絶望と呼ばずになんと呼べば良いのか。デッシュは笑っているが、とても笑える状況ではない。

   とは言え、嘆いても現状は何も変わらない。なんとかして打破する方法を考えなければならないのだ。このまま餌にされる未来は防がなければ。


「なあ、おまえ達はなんでドラゴンに捕まったんだ?」

「オレ達は訳あって、向こう側の大陸に渡ろうとしてたんだ。そしたら山頂付近でドラゴンに見付かって…ついでにデッシュ、あんたを探してたんだ」

「俺を?なんでまた?」

「カナーンで聞いたの。ミニマムの魔法をあなたに売ったって」

「あー、これの事な」


   デッシュは懐からオーブを取り出すと、陽の光に翳してみる。きらりと反射した輝きに目を細めながら、少しだけ残念そうに苦笑を浮かべ、ユウリに向けてオーブを差し出した。


「買ったはいいけど、使いこなせなくてな。良かったら貰ってくれないかい?」

「譲っていただけるんですか?」

「ああ、その代わり」


   ひょい、とオーブが視界から消えたのと同時に、受け取ろうと伸ばしたユウリの手は、空振って空気を掴んだ。

   デッシュは譲渡の引き替えに、条件を出すようだ。貴重なアイテムをタダで貰えるとは、勿論思っていない。

   多少の無理になら応えよう、そう考え頷き言葉の続きを待つ。


「一緒に旅をさせてくれないか?」


   しかし出されたその条件は、予想もしていなかった提案で。思わず、え?と聞き返すと、デッシュは肩を竦めて困ったように笑った。


「実は俺、記憶がなくてさ…名前以外のこと思い出せないんだ」

「そうだったんですね…」

「つっても別に気にしてないけどな。ただ、なーんかやらなければならない事があった気がしてな…でもそれが思い出せなくて…ま!そのうち思い出すだろう! 」

「それをオレ達と一緒に旅してる中で見付ける予定ってわけか」

「そういう事。どうだい?こう見えても俺、そこそこ役に立つぜ?」


   言いながらデッシュは、剣を構えてにやりと笑う。その切っ先はぶれずに静止している。成る程確かに、一人でここまで来ただけの事はあるようだ。

   それにしても、記憶喪失とは考えもしなかった。彼は一体どこからやってきて、どこへ向かうはずだったのだろうか。

   やらなければならない事、それがもし、五人と同じ運命を背負っていたのならば。その可能性もゼロではない、しかしなんとなくだが、彼は光の戦士ではないような予感もする。

   出会ったばかりだが、彼が悪い人ではない事は、その瞳を見れば分かる。強く、どこか暖かい眼差しがそれを語っていた。


「オレは別に構わないけど…」

「私も、あなたの記憶を取り戻すお手伝いが出来るなら…」

「そうね…見たところ軽そうだけど、悪い人じゃなさそうだし」

「お姉ちゃんは正直だなー」

「お姉ちゃんじゃなくてレフィアよ。一緒に行くのなら、名前は覚えてちょうだいね?」

「はは、了解。そっちのお兄ちゃん二人も、俺が同行するの許可してくれるかい?」

「はい、一緒に行きましょう。僕はアルクゥです」

「イングズだ。サスーン城で兵士をしていた。私に出来る事なら力になろう」


   ルーネスとユウリ以外の三人も、デッシュが敵ではない事を理解していたようだ。

   レフィアが言っていたように少し軟派のようにも見えるが、明るく、嫌な気持ちにはならない。むしろその逆で、彼が居ると場が和むような気さえする。

   彼の言う「やらなければならない事」が何なのか気になるのもあるが、純粋に、一緒に旅をしたら楽しそうだ。

   自然と会話をしている彼を見て、これなら心配いらないな、と。ルーネスは思い、自らも名乗った。


「オレはルーネス。で、この子がユウリ。ユウリは魔法で怪我を治癒する事が出来るんだ」

「へえ、ユウリは白魔法の使い手なんだな」

「まだ駆け出しですけどね。選んだんです、皆を助けられるように」

「なるほどなぁ…あ、敬語使わなくていいぞ、仲間なんだからな!みんなも気楽に接してくれ」


   ついさっき出会ったとは思えない程に、馴染んでいる。これが元来の性格なのか、記憶を失っている事により気質が変わったのかは、知る由もない。どちらにしても、一緒に旅をする事でコミュニケーションを取る事は大切だ。どうせなら、楽しい旅路にしたい。

   遠くの空から、こちらへ向かってくる影が見えた。状況を忘れて暫し雑談に勤しんでいた六人は、それが何なのか即座に理解する。

   ドラゴンだ。先程の翼竜が、戻ってきたのだ。

   どうしよう、どうしたら。ユウリはルーネスの傍に寄ると、彼の服の裾を控えめに握った。それに気付いたルーネスも、ユウリを庇うように自身の背後へと隠す。


「戦おうなんてバカな気起こすなよ!勝ち目はないからな!」


   デッシュの言う通りだ。こんな伝説の生物に、旅立ったばかりの自分達が立ち向かえる筈がない。

   逃げよう。ここはひとまず、ドラゴンに見つからずにやり過ごす事を優先すべきだ。

   山頂から下を覗き込むと、丁度良く避難出来そうな、ひらけた足場が見えた。一か八か、賭けるしかない、と。ルーネスがそう判断したのと同時、同じく下に視線をやったデッシュが声を上げた。


「アイツが追ってくる前に、ここから飛びおりよう!」




prev / next

[ back to top ]