▼ 17 風のクリスタル
あれはまだ物心がはっきり付いていなかった頃だっただろうか。記憶のある幼少の頃よりずっと、サラ姫に仕えてきた。
年齢が近い事もひとつの理由だっただろう。王は物事を冷静に対処出来る判断を見込んだと仰っていたが、それの意味する事が何なのか、理解するのに時間は掛からなかった。
容姿端麗。才色兼備。外見のみならず、内側から滲み出る気品は王族そのもの。いち兵士でしかない自分にも対等に接してくれる姫は、心まで清らかなお方だと思った。
だが少々お転婆な気質も備えていた。自室を抜け出しては連れ戻され、外へ出たいと不満を洩らす彼女を、よく窘めたものだ。
そして思う。王が言っていたのはこの事か、と。火に油を注ぐ訳でもなく、安易に同調もしない。ただ姫の気が済むまで、話に付き合っているだけ。
すると満足したように、勉学へ身を入れてくれた。いつか一緒に外へ出ようという条件付きではあったが。
嬉しそうに美しく微笑む姫を見ていると、それでも良いかと思ってしまったのも事実。頼られているのだと、内心非常に嬉しく思っていた。
そんな心のお優しいサラ姫を、一人あの洞窟へ残してきてしまうなんて。本当は怖かったと、そう零していた時の表情が瞼の裏に蘇る。
ご無事だろうか。サスーン城へは戻れただろうか。洞窟の魔物は粗方片付いているとはいえ、御身が心配だ。お姿を確認したい。
ふわり、自分の足がゆっくりと地に着く感覚を覚え、目を開けた。
周囲を見渡すと、見た事もない部屋。肌に感じる神聖な空気。現状が全く理解出来ず、思わず驚愕の声が洩れる。
「何が起きたんだ…!?」
同じくアルクゥ、レフィア、ユウリも辺りを確認しているが、この場所に皆目見当もつかない反応を見せている。
ただ一人、ルーネスだけはこの場所を知っているようだ。
「あれ…ここは!クリスタルのところじゃないか!」
「最初に話し掛けられたって言っていた所?」
「大きい亀がいたっていう?」
アルクゥとユウリが問い掛ける。おっきい亀?とレフィアが首を傾げたのが見えた。
どのくらいの大きさだったか手を広げて示してみると、そんな大きな種類があるのか、と感嘆している。
「でも、そんなに大きかったら怪物みたいね」
「まあ魔物だからな。亀みたいな魔物」
ここがどこなのか知っている者がいるからなのか、緊張は和らいでいた。
聞けばルーネスは最初にここへ足を踏み入れた時、クリスタルに語りかけられたという。世界に光を取り戻すのだと、突然に命運を託された。
その声はウルの村にいたアルクゥとユウリにも届き、道中でレフィアも行動を共にする事を選んだのち、イングズと出会う。
成る程。イングズは、何ゆえ彼等が危険だと承知していながら、見返りも求めず救おうとしていたのか、疑問に思っていた。それはクリスタルの導きだったとしたら、合点がいく。
ではなぜ今ここに、声を聞いていないレフィアと自分が喚ばれたのだろうか。その疑問は、語り掛けてきたクリスタルが教えてくれた。
───おまえたちは希望を持つ者として
光の戦士に選ばれたのだ
私の中に残った光を…
最後の希望を受け取ってくれ
このままでは この光も消え
すべてのバランスが崩れてしまう
光を受け取れば
クリスタルより大いなる力を
取り出すことができるだろう…
つまりは、ルーネス、アルクゥ、ユウリだけでなく。レフィアとイングズも、光の戦士としてクリスタルに選ばれたのだ。
当然ながら驚愕し混乱するレフィアを見て、ユウリが声を掛けている。無理はしなくても良いのだ、と。覚悟を決めた自分達とは違い、レフィアには父が待っているのだから、と。
心根の優しい娘だ。仲間を、友を思いやる気持ちを強く持っている。戦闘中に癒しの光を貰った時、サラ姫とは違う真からの暖かさを感じた。
それは心から仲間を想い精製されたものだからなのかと、妙に納得した。無論、姫の光も暖かく清らかである。
自分が、光の戦士。旅立つ事を、王はお許しになるだろうか。姫は、どう思うだろうか。自分は、どうしたい?
ここでクリスタルへ触れたら、啓示を受けた事になるだろう。そうなればもう、後戻りは出来ないかもしれない。
城の、皆の事を考え、助けたい一心で今回の討伐に加わった。そこで得たものは仲間と、信頼、達成感。そしてこれから先も同じような事があるのなら、救っていきたいという心。
なんだ。答えは、考えるまでもなく決まっていたではないか。
「私は共に行く」
クリスタルへ手を翳そうとしている三人の手に、己の手を重ねた。
「わ、わたしも!」
突然の事に戸惑っていたレフィアも、意を決したように歩み寄ると、そのしなやかな指を重ねる。
五人で。選ばれし、光の戦士として。共にゆこう。頷き合い、清廉な輝きを放つクリスタルへそっと触れた。
───ありがとう 光の戦士たちよ…
脳内に直接語り掛けてきた声が聞こえたと同時。心の中に、強い光の力が与えられたのが分かった。
今までとは比べ物にならない程の力を引き出せるようになったのだと、理解する。
剣の扱いに長けた戦士
己の身体を武器にするモンク
黒の魔法に特化した黒魔導師
白の魔法に特化した白魔導師
黒白の両魔法を扱え、剣にも才のある赤魔導師
素早さに長け、手先の器用なシーフ
それぞれが自分にあった戦い方を選び成長していけば、強さを手に入れられるのは勿論の事、戦術も広がるだろう。
啓示を受けた五人はクリスタルに促され、床に描かれた魔法陣の上へ立った。こちらへ呼ばれた時と同じく、景色が歪む。
次に目を開けると、そこは既に洞窟の外だった。所謂ワープ、空間移動というものか。これも魔法の一種なのだろうか。
陽が傾き掛けている。丸一日以上洞窟に潜っていた為か時間の感覚を忘れかけていたが、クリスタルの元へ飛ばされてから少々時間が経過したように思える。
サラ姫が心配だ。ひとまず、サスーン城へ戻ろう。イングズの提案に、皆が頷いた。
prev / next