▼ 16 炎の魔人ジン
回復魔法には、アンデッドにダメージを与える効果があると、サラ姫は言っていた。
ここまで来れたのも、自身の会得しているケアルの魔法が非常に役に立ったと。それを聞いたユウリは魔物に向かって詠唱しつつ、味方が傷を負えば向ける対象を切り替えるという技を身に付けていった。
さすがクリスタルに選ばれただけあって、この短期間でのユウリの成長には素直に感心する。
黒の魔法のような派手さは無くとも、堅実に弱らせるその威力は魔物を退ける事に大きく貢献していた。
歩みを進めてどのくらい経っただろうか。今までとは明らかに異質な雰囲気を放つ最奥の小部屋からは邪悪な熱気が渦巻いている。
この先にいる。皆そう確信した。カズスとサスーンを災厄に陥れた炎の魔人、倒すべき者が。
気合いを入れ直し武器を構え、いざ足を踏み入れると、そこには周囲に炎を纏う巨人が鎮座していた。
ピンと張り詰める、緊張の糸。相手がどのような攻撃をしてくるのか分からない。迂闊に懐へ飛び込めば、纏っている炎に焼かれてしまう。
どうする。ジンはまだ、こちらに気付いてはいないようだ。注意を引くには何が効果的か考えている中、皆の前へ一歩踏み出したのは、サラ姫だった。
「いたわ…!ジン!覚悟しなさい!この指輪で封印してあげるわ!!」
高く掲げた指輪から、眩い光が放たれる。これが指輪の力なのか、これで一件が片付くのか。
しかしジンは封印の光をものともせず、こちらを向いた顔には余裕の笑みを浮かべている。
「あれ、どうして!?何も起きないじゃない!!」
サラ姫の焦燥した声が上がる。イングズは庇うように彼女を後ろへ下がらせると、剣の切っ先をジンへ向けた。
ミスリルの指輪を疑っていたわけではない。だが懸念していたのも確かだった。強力な呪いを掛けられる魔人が、ただで封印されてくれるのか、と。
「ファファファファッ!闇の力がもどった俺様にそんなもの通用せんわっ!」
炎が唸る。このままでは何度試しても成功しないだろう。
となれば、選択肢はひとつ。魔人を倒し、弱った所でもう一度、封印の光に引き込むしかない。
「ルーネス、伏せて!」
「!?」
後ろから声が聞こえ咄嗟にしゃがみ込むと、頭上から氷の刃が降り注いだ。
まず攻撃を仕掛けたのは、アルクゥだった。命中の精度が上がっている。道中仰いだサラ姫の享受の賜物だろうか。
苦しげに表情を崩した炎の魔人を見て、やはり、効いている。アルクゥはそう確信した。
「ジンの弱点は氷だよ!僕が動きを止めるから、ルーネスとイングズはその間に斬り込んで!」
アンデッドには聖属性が有効なように、炎には氷が効果的なのだと、本で読んだ事がある。
アルクゥは自分が役に立っていないと言っていたが、それは大きな間違いだ。彼の知識は、厳しい戦いの中で的確な判断を下す事が出来る。
それは皆の行動をより取りやすくする、潤滑油のような意味を含んでいた。勇猛果敢に飛び込んでいくルーネスとは違い、頭の切れる参謀といったところか。
ジンの周囲を取り巻く炎を、冷気で押さえ込む。これならば近付いて直接斬り込みに行きやすい。
サラ姫はアルクゥの放つ冷気をエアロで器用に巻き上げ、バリアを張るように皆の周囲へ纏わせた。
「すごい…」
思わず感嘆の声を漏らしたのはユウリ。こんな戦い方があるだなんて、思い付かなかった。黒は攻め、白は守りだと考えていたからだ。
サラ姫との共闘は、アルクゥのみならずユウリにも良い影響を及ぼしている。今はまだ癒しの魔法しか会得していないが、サラ姫と同じように風、または他の手段を使いこなせる時が来たら、パーティーにとって確実にプラスとなる。
後衛は後衛なりに、援護射撃が出来ると知れば、それは大きな収穫。今のように、この先もきっと役に立つ時が来るだろう。
ルーネスとイングズは間合いを詰め、確実にジンの体力を奪っていく。傷を負えばユウリから癒しの光を。アルクゥは自身の唱えるブリザドで攻撃の手を緩めない。レフィアも南極の風と呼ばれるアイテムで更なる威力の氷刃を浴びせる。
状況は、優勢。次第に弱っていくジンの姿を見て、確信した。封印の時は近付いていると。
「さあ!今度こそ覚悟なさい!」
眩い光。再度掲げられたそれから放たれる封印の光はジンの周囲を取り巻き、やがて霧のような粒子に形を変えた炎の魔人を飲み込んでいった。
洞窟内を震撼させる雄叫びを上げつつ、ジンは消えた。封印に成功したのだ。
やった。安堵から肩の力が抜ける。これで呪いから解放されたのだろうか。早く城へ、カズスへ戻り、状況を確認しよう。
───しかし帰途へ着こうとしたその時。サラ姫を除く五人の身体が、どこか懐かしいような暖かい光に包まれた。
「あれ!?なんだかおかしいぞ」
四肢の自由が利かない。それどころか次第に身体が透けていくような錯覚に陥る。
歪む景色の中、何が起きているのか理解が出来ない。これは一体どういう事なのか、分からずともイングズが案じるのは忠誠を誓う姫君。
「姫様!私達に構わず城へお戻り下さい!」
「みんなどうしたの!?イングズ!消えないでっ!!」
サラ姫もまた、予期せぬ出来事に困惑の色を浮かべ、必死に手を伸ばす。
けれどその手がイングズに届く事はなく、五人の姿は光の向こうへ消えてしまった。
邪悪な気配は感じられなかった。それでもこんな離れ方をするだなんて、心配するに決まっているではないか。一気に押し寄せる孤独。震える身体。
シンと静まり返った洞窟の中、イングズの名を呼ぶ声が木霊していた。
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