FINAL FANTASY V | ナノ
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▼ 13 そこにあるのは信頼と

   ふと、触れたくなる瞬間がある。

   何気ない会話をしている時。隣に並んで歩いている時。楽しそうに笑っている時や、星を眺めている時。それこそ、様々な状況で衝動に駆られる。

   手を繋いで、抱きしめて。互いの体温を感じながら、ゆっくりと流れる時間に身を委ねたくなるのだ。

   相手に触れる。それはお互いの信頼関係が確立されていないと、安易には出来ない事だ。全ての人が行為を好意的に受け止めることが出来れば良いが、そうもいかない。人間というのは、相性というものがある以上、それは仕方のない事だ。

   しかしそれがお互いに好意を持っているとしたら、どうだろうか。好意にも色々な形があるが、全てに言える事は、悪い気はしないという事になるのではないか。


「ユウリ、見てみろよ」

「わあ、すごい…綺麗だね」


   空を駆ける艇(ふね)。ルーネスが指差すのは、普段見上げていた空から見下ろす広大な大地。瑞々しく繁る新緑が眩しく、眼を細めた。


「高い所、怖いか?」

「少し。あんまり端っこの方まで行かなければ大丈夫だよ」

「そうだな、落ちたらと思うとゾッとする」

「そ、そういうこと言わないでよ…」


   家よりも遙かに高く、山脈よりは低く。地上からは結構な高低差がある上に、大きな機体は揺れを伴っている。慣れてしまえば何とも思わないかもしれないが、やはり最初は多少の恐怖を感じるものだ。

   ユウリもそう思っているのだろう。身を乗り出して下界を見るにはまだ抵抗があるようだ。それはルーネスも同じだが。

   現在飛空艇の舵を取っているのはレフィア。シドから操縦方法を教わった事があるようで、取り敢えずサスーンまでは任せてくれと申し出た。指輪の件の罪悪感も、少しは絡んでいるのだろう。有り難く航路を託した。

   アルクゥはどのような原理で動いているのか興味があるらしく、艇内のエンジンルームを覗いている。

   つまりは今、甲板に出て景色を眺めているのは、ルーネスとユウリの二人だけなのだ。

   飛空艇。空の上。初めて経験するこの非日常的な空間が、想いを加速させているのだろうか。

   相手に、触れたい。胸を溢れさせる感情が、行動に移したいと訴えている。しかし意識してしまうと妙に気恥ずかしく感じるものだ。今までだって、幾度となく触れてきたのに。

   けれど、やはり。すぐ隣にいる存在に、どうしたって、触れたいと思ってしまう。

   ルーネスの指先が、ユウリの手のひらに触れた。ぴくりと反応したけれど、振り解く気配は感じられない。それもそのはず。触れたいと思っていたのは、ルーネスだけではない。ユウリも、ルーネスに触れたい、と。ずっと、思っていたのだから。

   手繰り寄せるように指を絡めると、ユウリの身体を自分の方へ寄せた。距離が少し、縮まる。


「手、繋ぐの久しぶりだね」


   少し照れたようにはにかむユウリに、つられてルーネスも微笑った。


「嫌だった?」

「ううん。嬉しい」


   ルーネスに軽く凭(もた)れるように身を寄せると、二人の距離は更に縮まった。触れている手、そして半身が、心地好い暖かさに包まれる。

   繋いでいない方の手でユウリの髪を撫でた。さらさらした栗色の髪は、陽の光を浴びてきらきらと艶めいている。

   ふいに、思った。もっと近くに、相手を感じたい。二人の間にあるこんなちっぽけな距離なんて、いっそ無くしてしまえばいい。

   繋がっていた手を解くと、そのまま腰へ回し引き寄せる。ぎゅっと、強く。離したくない、と伝えるように。

   暖かい。心が、満たされる。


「ねえ、ルーネス」

「ん?」

「今、とっても、」


   幸せ、と。少しだけ顔を上げ、とろけそうな表情で呟いたユウリに、胸が高鳴った。


「…オレも」


   自分でも分かる程に、ゆるんだ表情で微笑っていたに違いない。ルーネスはそれに気付いていても、戻そうとはしなかった。幸せだ、と。そう感じているのは事実なのだから。

   ユウリの腕が、ルーネスの背に回される。きゅ、と込められた力に応えるように、ルーネスも抱きしめる腕に力を込めた。

   守りたい。自分の腕の中で、幸せそうに瞳を閉じる彼女を。大切だと、強く想う存在を。

   オレが居るから大丈夫だ、と。安心して欲しい。それが今ルーネスの思う、心からの願いだった。


「なあ、ユウリ」


   耳元で囁くように名を呼ばれ、ぞくりとした感覚が背を伝った。不快ではない、どちらかというとくすぐったいような、不思議な感覚。


「ユウリの事を、オレに守らせてくれないか」


   ルーネスの言葉を聞くと、少々左に首を傾げながら顔を上げた。想像以上に顔の距離が近くてどきりとする。


「私、今までもルーネスにずっと守ってきてもらったよ?」

「それは村にいた時の話だろ」


   そうじゃなくて、と言葉を続ける。


「旅、長くなるかもしれないから」

「あ、出発前に、お母さんやお爺ちゃんに言われた事?大丈夫、私もちゃんと戦うよ!」

「いや、」

「あれ?そうじゃなかった?」


   中々上手く伝わらない事にもどかしさを覚えた。はっきりと伝えれば、意味を理解して貰えるだろうが。

   しかしそれを伝えたとして、ユウリはどう思うだろうか。守りたいというのは聞こえが良いが、見方を変えればそれはルーネスの単なるエゴにすぎない。

   相手がどう受け止めるのか、それが分かっているのならば迷わずに伝えられるのだが。しかしここまで言ってしまった以上、ユウリは理解するまで引き下がらないだろう。

   それに、恐らくだが、自分の事を非常に頼ってくれているのだと思う。ならば悪い方向にはならないのではないだろうかと、ルーネスは一つ息を吐いて告げた。


「母さんに言われたからでも、じっちゃんと約束したからでもない。オレはオレの意思でユウリの事を、守りたいと思っているんだ」


   彼女の目を見て、はっきりと。ルーネスの真剣な眼差しに一瞬見惚れてしまったユウリは、遅れて言葉の意味を理解した。


「え、あ、…」


   途端に、顔に熱が集中するのが分かる。大きく跳ねる鼓動、上昇した体温は、抱き合っているルーネスにも伝わっているだろう。ユウリの反応を見たルーネスが軽く微笑ったのを見ると間違いない。


「理解した?」

「はい…」


   消え入りそうな声の返答。続けられた「ありがとう」は聞き取るのがやっとだったが、再びルーネスの背に回された腕に力を込められた所を見ると、顔が上げられない程に限界まで照れてしまっているのだろう。

   バレバレなそれを隠すように、ルーネスの胸へ顔を埋める。その行動ひとつだけでも、好意的に受け止めてくれた事は明らかだった。

   先程まで、伝える事を戸惑っていたのが馬鹿馬鹿しく思えてしまう程に、現実は優しかった。

   物事が毎回上手くいくとは限らないが、伝えておく事によってその後の行動を理解してもらえるのならば、それは良い方向なのではないだろうか。

   たとえ守る事によって自分が傷を負ったとしても。いや、それはダメだと怒られるか。理解し難い、もっと自分の身を大切にしろ、と。ユウリならそう言うだろう。

   まだ村を旅立ったばかりで、これといった危機にも陥っていなければ大きな山場を迎えているわけでもない。

   状況は次第に変わっていくかもしれないけれど、それでも。いつも一番近い位置に居るのは自分が良いと、切に思う。

   風に靡くユウリの髪を一房掬い上げ、唇を寄せる。流れ落ちた横髪を耳に掛けてやった時、首筋に触れた指先にふるりと身体を震わせた。

   きゅっと目を瞑る姿に思わず悪戯心が疼いてしまったが、それは心に秘めておこう。

   目的地はカズスからそう遠くない。進行方向へ視線を投げると見える城壁塔。間もなく到着する頃だろうか。

   サスーン城に着くまでは、いや、せめてアルクゥかレフィアの気配を感じるまでは。今はただ、この幸せを全身で感じていよう。




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