▼ 8 冒険の幕開け
「いつもお話してくれていたおじいさんの所に、挨拶に行きたいの」
三人が合流して最初に意見が出されたのはユウリからだった。
ウルの村人は皆優しい。老若男女関係なく、顔を合わせれば挨拶をし、困っている事があれば手助けする。主婦さながらの井戸端会議に花が咲く事も少なくない。
平和な村だからこその穏やかさ。それはいつだって変わる事はない。
ユウリの言う老人は、この村の北に住んでいる。実際には見た事はないが、魔法の才があるらしく、アルクゥもよく話を聞かせてもらっていた。
目当ての人物を見つけ近付くと、彼もこちらに気付いたのか顔を綻ばし、穏やかに笑った。
「おじいさん、私…やらなければならない事があって、この村から旅に出ることになったの。今までたくさんお話してくれて、ありがとうございました」
声が少しだけ震えている。寂しいと思うのは当然だ。血がつながっていなくても家族同然の長老達や、村人達。
毎日顔を合わせていた人達と、長い間会えなくなるのだから。
「そうか、旅立つのか…何があったのかは分からんが、寂しくなるのう。道中気を付けてな。この先にあるケアルの魔法を持って行くといい」
爺からの餞別じゃ、きっと助けになるじゃろう。そう続けた老人の眼は、優しい弧を描いていた。
ケアルとは初歩の治癒魔法。それがあれば、回復アイテムのポーションを節約できる。
「おじいさん、ありがとう」
深々と頭を下げ礼を言うと、指示された倉庫に向かった。ケアルの魔法が込められているオーブと一緒に、置いてある他の道具も持って行って良いとの事だったので、有り難く頂戴する。
これに元々持ち合わせていたアイテムを加えれば、とても心強い。少しの間は補充しなくても大丈夫かもしれない程の数になった。
来た道を戻り、もう一度老人に礼を言うと、長老の元へ向かう。先程の老人もそうだが、三人が村を出る事は長老達やニーナなどの一部の村人にしか知らされていないらしい。
大々的にしてしまうと、当然ながら理由を聞かれる。世界を救う為だなんて言ったところで、子供の遊びだと思われてしまうだろう。たとえ信じてくれたとしても、世界に何が起こっているのかと余計な心配は掛けたくない。
それに時々は帰ってくるかもしれないので、これで良いのだ。
「支度は整ったようだな」
トパパは三人の姿を一人ひとりゆっくりと見回すと、力強く頷いた。
「カズスへ急ぐのじゃ。道中くれぐれも気をつけてな」
この地方の魔物はルーネスが腕試しをしている洞窟に比べると、さほど強くはない。だから大丈夫だ。心配はない。実感はわかないが、長くなりそうな旅が始まる。
ひとまずの目的地は、隣町のカズス。町人が消え幽霊が現れるだなんて俄には信じられないが、それをこの目で確かめる必要がある。
距離が近いこともありちょっとしたお使い気分が抜けないのも本心だが、起こっている事がよくない事態なのは事実だ。三人は緩んでいた気を引き締めて、村を後にした。
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