「あー……、ここはどこだろう……」

少年、弥朔(みのり)は初めて入った森で迷子になっていた。

事の始めはこうだ。

親戚の叔父さんの別荘に家族で遊びに来て、大人たちは皆酔っぱらってしまった。暇になったので散歩をしていたら、森があり、そこまで大きくなさそうだったので入ってみたら……気づけば道を見失ってしまった。

おかしい。俺は方向感覚は悪くは無いはずなのに。


まさか、迷子……?

近くに生えまくっている樹にもたれかかり、ため息を吐く。

どうしよう。
こんなことなら携帯を持ってくればよかった。

「あーー!! くそっ」

叫んでもどうにもならない。




クスクスッ


辺りから笑い声が聞こえた気がして、辺りを見回す。やっぱり誰もいない。気のせいだろうか。


アハハハッ


気のせいじゃない。
確実に聞こえた。女の子特有の高い声。辺りを見回すがやはり誰も見当たらない。

「こっちだ、こっち」

声のするほうを見れば、幼稚園ぐらいの女の子が。太い気の枝に座り、足をブラブラとしている。その背中からは、作り物とは思えない真っ黒な翼が見えていた。

「あー……、そんなとこ危ないよ。降りといで、ほら」

そう言い手を広げると、鼻で笑われた。

「馬鹿にするでない。降りようと思えばこの程度、いつでも自分で降りれるわ」

何だこのガキは。生意気な。

「断ったからとあからさまに嫌そうな顔をするでない。ここから出してやらんぞ」

「は……?」

キョトンとした俺の顔を見て、女の子は歳に似合わずニヤリとした。

「お前が迷子になったのは私のせいだからな」


「はぁ?」

女の子は立ち上がると、くるりと回りながらジャンプした。

落ちる、と思い落下場所に行くが、女の子はふわりと宙に浮いていた。

「お、お前……浮いてっ……!!」
目の前の女の子は得意気な顔をしている。

「私は鴉天狗じゃ」

「お、お前がっ……あの、鴉天狗……?」

この地域で鴉天狗は森の番人と言われ崇められており、祀る神社もあるぐらいだ。まさか、鴉天狗がこんな……子供だったとは。

「それよりお前、この姿に見覚えはないのか?」

期待するように見つめられ、くるんっと一回転されるが、そもそも鴉天狗どころか幼稚園児ぐらいにも知り合いはいない。

「わ、分かりません」

そう伝えると女の子は悲しそうな顔をし、ならいい、と言った。

「あと、今さら丁寧に話そうとするでない。さっきのままでよい」

女の子は右手の人指し指と中指を揃えて眉間にあてると、何かをもごもごといいはじめた。

と、女の子の周りから白い煙が立ち込める。

その煙がひいたとき、目の前にいたのは、幼稚園児ぐらいの女の子ではなく、同い年ぐらいの可愛い少女だった。

「えっ!!あの女の子は、君で、じゃあ、君は……!?こんな、か可愛く…」

「ううう五月蝿い!!」


目の前の少女は顔を真っ赤にし鳩尾へ拳を入れた。

急所を的確に攻撃され、膝をついて咳き込む。

な、なんなんだこいつは


「本当に覚えてないのか。この姿を見ても、幼稚園児ぐらいの姿を見ても、何にも思い出さないのか」

少女はくるくるとその場を回って見せるが、俺は今それどころかじゃない。

「……っておい?何故お前はそんなとこで寝転がっておるのだ?見ろ。ちゃんと思い出せ」

鳩尾は無意識か……
なんとたちの悪い。

「やはり記憶を閉じ込めたのは良くなかったのか……お前なら思い出してくれると、私は信じていたのに……」

目の前の少女はごしごしと目を擦っている。

「もしかして……泣いてる?」

「誰が泣くかバカッ!!」

しかしその罵倒も涙声で痛々しい。

目の前の少女はいったい誰だ。
誰なんだ。

俺と何の関係があるんだ。
どう関わったんだ。

何時? 何処で? 何故?

思い出せ 思い出せ 思い出せ




しかし、現実は優しくはない。

何も思い出せない。


こんだけ女の子を悲しませて、一体俺は何を忘れているんだ。

強く拳を握りしめた。

「ごめん、本当にごめんけど、全く思い出せないんだ。本当にごめん。だから」

教えてほしい。

それは自分でもびっくりするぐらい弱々しい声だった。

「い、いや、私こそすまなかった。お前は幼稚園だったのだからな。その時のことを忘れていても当然だった」

「同い年ぐらいだからお前も幼稚園ぐらいだろ?」

「馬鹿にするでない。見た目こそお前と変わらぬが、今170歳だ」
まぁ人間の17歳とあまり大差はないがな。

と優しく微笑む。

「お前は思い出したいのか?」

頷く。

少女は嬉しそうに微笑むが、首をふった。

「いや、やはりやめといた方がよい」

「どうしてっ」

「思い出すことが良いこととは言えないからだ。知れば戻れなくなるかもしれない。自然に思い出さないなら知らない方がいいかもしれない。私はお前には今のまま幸せでいてほしい」

「勝手なこと言うなよ!!」

思ったより大きな声が出てビックリしたが気にせず続ける。

「思い出せって焦ったり悲しんだり、かといえば思い出すな?ふざけんなっ!!

俺は思い出したい。お前が誰なのか知りたいんだよ。だから……頼むよ……」


少女はびっくりして目をぱちくりとしていたが、やがて諦めたように笑った。

「だから、私は弥朔が好きになったのだ。覚悟しておけ」

そう言うとおもむろに人指し指を弥朔の額に当てると、何かを呟く。

と、身体の奥底から何かが沸き上がってくるのを感じた。

吐き気がしたが、右手を口にやり必死に飲み込む。

走馬灯のように目の前を流れていくのは幼いときの記憶だった。

「あ…………千種(ちぐさ)」

目の前の少女は嬉しそうに微笑む。

思い出した。
幼稚園じゃなく小2の時に森で会った鴉天狗の女の子、千種。

その時彼女は同じ鴉天狗に苛められていたのだ。

普通は見えないはずなのに何故か俺には見えて、俺はその辺に落ちてた木を持って助けにいって……

返り討ちにあった。

置き土産に毒まで盛られて、

千種が必死に毒を吸ってくれたお陰で俺は死なずにすんだが、1時間ほど高熱に魘された。


「何で……私なんかを助けようとするんだ。人間なんかに助けられるほど私は落ちぶれていない!」
「それは……ハァ、ハァ、悪かったな」

「こんなに自分の身を危険にさらして……」

千種はその時も目をごしごしと擦っていた。

「泣いてるの?」

「誰が泣くかバカッ!!」

「ハァ、ハァ……、いいんだよ、俺が助けたかったの。ははは、やっぱ鴉天狗様は強いわ」

「もう喋んな、相当きついはずだろ」

「へへへ、まさか鴉天狗様に女の子がいると思わなかった」

そう言うと、だから苛めらるのだと不貞腐れる。

鴉天狗にはまだ男尊女卑の思想が残っていた。

「女になんか生まれなければよかった」

俺を膝にのせ、扇ぎながら言う。俺の頬に水がぽたりと落ちた。

俺はそっと目を閉じる。
見ちゃいけない気がしたから。

「せっかく可愛く生まれたんだから。笑おうよ。泣いてちゃもったいないよ」

だから泣いてなんかないとギャンギャン噛みついてくるが、可愛くしか見えない。

千種は突然真面目になって言った。

「鴉天狗の毒にやられたから、お前の身体にどんな影響があるかわからない。だからこのことは覚えてない方がいいと思う」

記憶を消させてくれ、と。

「嫌だ」

即答した。

「俺は君に一目惚れしたんだ。だから消さないで」

千種は顔を真っ赤にしていたが、首をぶんぶんとふった。

しかし、俺も引き下がらなかった。

そして結局、俺は負けた。

何かの拍子に思い出すかもだから。だから、そしたらまた会いに来て。私も待ってるから。

そして額に柔らかな感触を感じ、俺の意識は途切れた。





「ごめん、千種。俺……思い出せなくて……ずっと待っててくれたんだ」

「ま、待ってなんかおらんわ!!ただ、もし、お前が来たら……私が忘れてたら可哀想だから……」

今思えば、リアクションも昔となんら変わらない。

そう思うと愛しさが込み上げてくる。

思わず笑うと、千種はまた怒りだしたので、腕を引いて抱き寄せた。

「なっ!!」

「ありがとう、待っててくれて」

そう言い、頭をぽんぽんとすると彼女はおとなしくなった。

「思い出せなかったくせに」

「ん、ごめん」

「……まぁ許さんこともない」

「またすぐに遊びにくる、自転車で来れる距離だから」

彼女は小さく頷いた。

「……私も遊びにいってやるからな」

「ん、ありがとう」

俺は腕の中で静かになった可愛い女の子を抱き締めた。


********
ろんさんへ

とても遅くなって本当にごめんなさいm(_ _)m
しかもリクエストの内容となんか違う気が……いやぁ強気少女って難しいですね←
これってただのツンデレのなりそこない…?
言っていただければ書き直させていただきますので!
これでよろしければ貰ってください。

ありがとうございました

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