「すいません、今日体調悪くて……はい、欠席します。……あ、大丈夫です。では、失礼します」
静かに受話器を置いて、息を吐いた。
体調が悪いのは事実だか、欠席するほどではない。簡単に言えばサボりというやつだ。
今年は今まで皆勤だったので少し惜しい気がするが、そこは気にしないことにしよう。
今日のずる休みは昨日大喧嘩した親への当て付けも少しある。
といっても、両親共に働いているので気づかないだろう。
ほんとに細やかな反抗である。
まぁ休んだのは、気分が乗らないというか、何かモヤモヤするというのもある。
別に苛められている訳ではない。
それなりに友達もいるし、楽しい日々を過ごしている。
ただ、何か今日は学校に行きたくないのだ。
しかし、別に何かすることがあると言うわけではない。
お昼過ぎになるとテレビもつまらなくなる。朝ごはんを遅くに食べてしまったため、お昼ご飯もまだいらない。
はっきり言って退屈だ。
「外にでも出るかな」
寒いのは嫌だが、家にいるよりかはいいだろう。
最近新しく買ったコートを着て、手袋とマフラーをする。ポケットにはカイロ。うん、完璧だ。iPodを片耳につけ、お気に入りの曲を流す。
ドアを開けると冷気が一気に押し寄せ、思わず、寒っと声に出てしまった。
空は曇っていて辺りは薄暗い。
散歩には全く向かない天気だ。
近くは通学路なので少し不安だったが、今の時間はまだ授業中だから誰にも会わないだろうし、私服だと大学生にも間違えられたこともあるから大丈夫だろう。
しばらくは当てもなくボーッと近くをぶらついた。
「あっ」
頭に冷たさを感じ、空を見上げると雪が。
通りで寒いはずだ。
久しぶりの雪。
積もればいいのにな、と少し楽しくなってくる。
心なしか足取りが軽くなった。
もうそろそろ帰ろうかと、家の近くまで来たとき、
「あっ、涼子ちゃんじゃない!雪だね」
声をかけてきたのは、近所にある『五十嵐ベーカリー』の娘、五十嵐千紗子さん。雪につられて外に出てきたらしい。
25歳で年がそこまで離れていないのもあり(私は17歳である)仲良くしてもらってる。
「今日は学校休み?」
答えにくいが、若干苦笑いで、そんな感じです。と答える。
「そっか。あっ、今時間ある?」
「ありますよ」
「だったら店においで、もうそろそろパンが焼けるから」
暇だったのでお邪魔することにした。
じゃあ行かせてもらいます。と言い店の中に入る。
中に入ると、パンの甘くいい香りとコーヒーの匂いが広がる。
店の中は割と広く、買ったパンを食べるテーブルも何席か用意してある。
「ほら、座って」
出されたのは小さなサイズのクロワッサンが5個。
湯気が出ていてさらに美味しそうに見える。
「コーヒー飲めるっけ?」
「あ、はい。砂糖とミルクをお願いします」
「了解」
鼻歌を歌いながら千紗子さんはセルフサービスのコーヒーを用意してくれた。
「いただきます」
手を合わせ、クロワッサンを口にする。
口に入れた瞬間バターの香りが広がる。表面はサクッと中はしっとりとした食感。上品な甘さが口の中に広がる。
「すっごい、美味しい」
少し興奮ぎみに答えると千紗子さんは嬉しそうに笑った。
「でしょ。私が焼いたからね」
「焼きたてってこんなに美味しいんですね。ここのパンはいつも美味しいけど、焼きたてってその倍以上美味しいです」
「そうなのよ!! 今の涼子ちゃんにはぜひ食べさせてあげたくてね」
お腹が減ってきたのもあり、次々に食べる。
焼きたてのパンは私には美味しすぎる。
温かくて
温かすぎて
優しすぎて
だから
何故か涙が出てきた。
千紗子さんはそんな私を優しく見つめ、軽く頭を叩いた。
そして私が泣き止むまで静かに頭を撫でてくれた。
そのままどれくらいたっただろう。長かった気がするが、実際は20分くらいだろうか
少し落ち着いたので淹れてくれたコーヒーを飲む。冷えてるかと思ったが、知らない間に千紗子さんが淹れなおしてくれたらしい。温かくて美味しかった。
そのから少し、千紗子さんは私の前に座り、雑談に付き合ってくれた。
「迷惑かけちゃってすいません。もうそろそろ帰りますね」
「そう? まだいいのに」
「これ以上お仕事の邪魔しちゃうわけにはいかないので」
「じゃあ、またいつでも来てね」
優しい笑顔で言われ、私も笑顔で、はい、と返す。
「あ、お金…幾らですか?」
財布を出そうとすると、千紗子さんはいいよ、いいよと手を降る。
「私が無理やり連れて来ちゃったし」
「でも食べましたし…」
「私の話に付き合ってくれたから、そのお礼に。ね?」
千紗子さんの勢いに負け、
「じゃあ、すいません。ご馳走さまでした」
と頭を下げた。
千紗子さんはその頭をくしゃくしゃっとし
「それでいいの。涼子ちゃんは真面目すぎるから」
と笑った。
「また、友達と食べに来ます」
私も笑って返した。
「うん、いつでもおいで」
なんとお土産にさらにクロワッサンを2個貰ってしまった。
ありがとうございました、といいお店を後にした。
外に出るともう雪は止んで、雲もなくなっていて、太陽が顔を出していた。日の光がぽかぽかと温かい。
帰ったら、明日の予習でもしようかな、と思った。
嫌になれば、またクロワッサンを食べに行けばいい。
千紗子さんは、また美味しいクロワッサンを用意してくれるだろう。
頑張れる、そう思った。
袋の中のクロワッサンがさっきより温かくなった気がした。