「リゼル大丈夫?」
「うん、今日はね、気分がいいんだ。もうすぐ私も退院できるかも。あっ、薔薇だ」
そういってリゼルと言われた少女は読書を止め真っ白なベッドの上で柔らかく微笑んだ。
「うん、リゼル薔薇が好きだっただろ? 今代えるからな」
そういうとリゼルはうん、と満面の笑みで言った。その笑みに少年も笑みを返し、前の花瓶にはいってきた花を持ってきた薔薇に代えた。そこら辺の大人より手際よく花を入れ替える。
二人は幼なじみでとても仲が良かった。小さい頃から二人で毎日外でドロだらけになるまで遊ぶほどだ。
しかし彼女は病気になった。今の医学じゃ治らないと言われる病気だ。いつ終わりが来るか分からない現実を生きている。
ただ、そのことを少女は知らない。そして、その病気の原因を作ったのは他でもない自分だった。
「ルーク、ルーク! ルーク! どうしたの? ボーっとしてるよ。っていうか何かあった?」
「え、ん? どうした」
そういって彼女の頭に手を軽く乗せる。
「どうしたの? 何かあった? 手、震えてるよ」
確かに右腕が、少年――ルーク自身が震えていた。リゼルに言われるまで全く気づかなかった。
「大丈夫、最近疲れてるからかもな。気にしなくていいよ」
「大丈夫? 毎日来るから疲れたんじゃない?別に毎日来なくてもいいよ」
リゼルは軽くベッドから身を乗り出していった。
「大丈夫、大丈夫。リゼルは気にしなくていいから」
そういいながら彼女をベッドに寝かせ、毛布をかけてあげた。そのときに触れた小さな、小さな、冷たい手。ルークは彼女に見えないように己の左の掌を強く握り締めた。
「ねぇ。本当にさ、私は大丈夫だよ。明日には元気になってるから」
そういって彼女は微笑む。しかし、このやりとりを一体何回やっただろう。彼女のその微笑みはいつも次の日には苦痛で歪んでいた。
ルークは柔らかい、今にも崩れ落ちそうな笑みを浮かべるリゼルの頬に右手を添えた。そのとき、
「あら、ルーク君。私、邪魔かしら?」
そういって入ってきたのはリゼルの担当の女医、マーシェル。
「いいえ、遊びに来ただけです、からかわないでくださいよ」
そういいリゼルの頬を軽くつねった。
「痛っ。意味わかんない。痛いんだけど」
そういいながらも彼女は笑っていた。
「それに、マーシェル先生もからかわないでよ。せっかくルークが心配してくれてんのにさ。明日来なかったら先生のせいだからね。また1人で寂しくなるじゃん」
そういって彼女は唇を尖らせた。
「はいはい、そうね。悪かったわ。ただ、もう診察の時間よ。いちゃつくのはその後にして」
「だから、そうじゃないってばぁ!」
「はいはい、とにかく診察よ」
そういいマーシェルは彼女を起こさせた。彼女は、はーい。とゆるいほんわかとした返事をし、ゆっくりと先生と一緒に歩き出した。
「また、来てね」
そういって彼女は診察に向かった。ルークは先生に向かって頭を下げた。
「さっきと言ってること違うじゃん」
誰もいなくなった病室で1人呟く。ルークはさっきまで彼女が寝ていたベッドに腰を下ろした。ベッドにはまだ彼女のぬくもりが残っていた。ゆっくりとさっき寝ていた場所に手をやる。
――リゼル……
あの時触れた小さくて冷たい、力を入れたらすぐにでも折れてしまいそうな弱々しい手。前はもっと暖かく、元気な手をしていた。昨日よりもさらに冷たくなっている気がする。
そもそも、あの時自分にもっと勇気があれば、力があれば。リゼルはあんなことには……。
プルルル プルルル
ルークの考えを遮って電子音が鳴り響く。マナーにするのを忘れてた、なんて思いながら通話ボタンを押した。