君と過ごす日曜日についての話



明日は休み。テーブルに並ぶのはお酒と少しのおつまみ、レンタルしたDVD。お風呂は既に済ませた。焦凍は外で食べると連絡があったから、多分遅くなる。おひとり様を満喫する準備は万全。テレビの電源を入れてソファに沈む。借りてきたのは少し前に話題になったラブストーリー。焦凍がいるとこの人はなんで、とか、さっきはこう言ってなかったか、とか、質問が飛び交うから集中できないのだ。他には物語中盤で面白かったな、と満足してしまうことが何回かあった。あの人に抽象表現の多いラブストーリーは向いていない。一緒に観ていて楽いのは確かだが、私が物語を楽しめるかどうかはまた別の話。だから、今日がチャンス。予告部分を一瞥し、よく冷えたプルタブに指をかけた。
この女優最近よく見るなとか、このアイドルの演技良いなとか、物語とは関係の無いことを考えていたら、気付かぬうちにお酒が進んでしまう。ふわふわと気分が良くなって、物語も佳境に差し掛かった頃、微かに玄関が開く音が聞こえた。帰宅時間、思ったより早いな、なんて考えながら停止ボタンを押して、ふと違和感。リビングに入って来る気配もなく、誰かがいる気配もない。もしかすると、玄関の明かりも着いていない。あれ、気の所為だったか。トイレか風呂場に直行したのかもしれないが、とりあえず様子を見に行こうと飲みかけの缶を置いた。立ち上がって玄関を確認すると案の定真っ暗。ぱちん、という音と共に明るくなって、私の目が捉えたのは扉の前に座り込む、白と赤。

「…焦凍?」

隅の隅で大きな身体を小さくしている彼を呼んでも、返答はない。飲み過ぎ。その一言が頭を過ぎる。歩み寄って同じ高さまでしゃがむと鼻をくすぐる、お酒と煙草の匂い。再度呼びかけながら肩を叩くと顔が上がった。こちらを見つめる灰と青の目は分かりやすく据わっている。

「…なまえ」

「おかえり、大丈夫?気持ち悪い?」

項垂れる手首に触れた。脈が早いし、いつもより体温も高い気がする。明日は仕事と聞いていたから飲まないだろうと思っていたが、これは飲まれてるなあ、お酒に。立てるかと問うと、力なくただいまと返ってきた。会話のテンポが一つ遅い。どうしたものか、と思考を巡らせようとした頃、私の首にまわされる両腕。そのまま抱き寄せられ、バランスを崩した私は焦凍の腕の中に収まる。お酒と煙草の匂いに混じって、少しだけ汗の匂い。

「なまえ、抱きしめてくれ」

「待って、体勢きつい」

「なまえ」

急かすように私を呼ぶから、仕方なく広い背中に腕をまわす。耳元を擽る呼吸は荒く、熱い。ほろ酔いを軽く超えて酩酊。よく帰って来れたな、なんて考えながら宥めるように背中を擦ると、私にまわる逞しい腕がきつく締まる。少し息苦しい。お酒のせいで力加減を忘れたようだ。

「なまえ、」

「うん、なまえだよ」

「なまえに会いたくて、早く帰ってきた」

「そっか、ありがとう」

私を閉じ込める腕が少し苦しくて、首に触れる髪が擽ったくて、身をよじる。私の心中を察したのか巻き付いていた腕が緩んだ。少し距離をとって柔らかい髪を撫でる。吐き気はないか、と問うと、小さく首が縦に揺れた。このまま寝てしまいそうだから、意識のあるうちに移動してもらわないと。この人を運ぶ腕力を、私は持ち合わせていない。立って、という意味を込めて背を叩くと、相変わらず据わっている目が、私を射抜いた。焦凍の唇が動いて、私を呼ぶ。

「明日出かけよう」

「ええ、どうしたの」

「前なまえが好きって言ってた店で飯食って、なまえが行きてえとこ、行こう…」

言葉尻が萎んで、それと反比例するようにまた腕がきつく締まった。私の肩口に額を押し付ける焦凍は、どこか弱々しい。服買おう、映画行って、夜景行って、遠出してもいい、なんてうわ言のように言葉を紡ぐ。さてはて、どうしたものか。

「明日お休みだっけ」

「休み、取った」

「ほんとどうしたの、急に」

「このままじゃ振られるって、上鳴たちが…」

俺は、全然なまえを大事にできてねえから。そう言って、沈黙。おおよそ高校のメンバーで集って、彼女とどうなの的な会話でもあったのだろう。焦凍は素直だから馬鹿正直に近況を話して、批難の意見があったのかもしれない。むすっとしてやけ酒したのか、あるいは飲まされたのか。今日誰がいたのかは分からないから何とも言えないけれど、きっと両方。

「俺から、離れて欲しくねえ」

弱々しく言葉を吐いて、私を抱きすくめる。酒に浮かされた頭で、焦凍なりに考えた結果が明日のデートなのだろう。誰かの入れ知恵かもしれない。それでも、目の前の彼が愛おしいと言う気持ちで満たされる。自然と頬が緩んだ。私を思ってくれているという事実が、単純に嬉しい。

「離れないよ、大好きだからね」

再度髪を撫でると、また小さく首が縦に揺れた。もごもごとはっきりしない声で私の名前を呼んで、額を擦り付けている。とりあえず、この酔っ払いを何とかしなくては。いつまでも玄関で座り込んでる訳にはいかない。水も飲ませたい。この状態だとシャワーも朝の方が良いだろう。ソファ行こう、と声をかけると、私の膝裏に方手を差し込んで、無言のまま立ち上がった。突然の浮遊感に背筋が粟立ち、反射的に焦凍の首に縋り付く。

「待って焦凍、危ない」

「なまえ」

「焦凍、聞いて」

「なまえ、キスしてえ」

両腕できつく抱えられて、いつもより熱を帯びた灰と青に見つめられて、逃げ場はない。まあいいか、と思ってしまう私もある程度は酔っているんだろう。一瞬だけ唇を押し付けると、焦凍は嬉しそうに目尻を下げる。明日、楽しみだな、と蕩けた表情で言うから、また愛おしい気持ちが溢れて、もう一度唇を押し付けた。




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