君と眠る夜についての話



息を切らして、ひたすら走って。それでも遠くなる背中。幾度叫んでも届かない声。大好きな貴方の姿は、ひとり、暗闇に消えて。

目を開く。視界に捉えたのは見慣れた天井。今まで閉じていた目はなんとなく乾いていて、不快感。
薄暗い部屋に響くのは、私の少し荒い呼吸と穏やかな寝息。それと、時を刻む時計の音。落ち着きを取り戻し始めた脳は、冷静に分析を始める。
ああ、夢だ。
稀に見る、嫌な夢。不明瞭で要領を得なくて、でも私に絶望を叩きつける。額に滲んだ汗を拭った。夢見が悪かったのもあるだろうが、なんとなく、暑い。腹部に重さを感じて視線を下に落とすと、見慣れた紅白頭があった。私の腹部に頭を乗せ、腕を巻き付けて、すうすうと寝息をたてている愛しい人。左右で色の違う髪を撫でた。寝相の悪い彼の掛け布団は蹴飛ばされ、床でその役目を果たせずに丸まっている。

「しょうと、」

ねえ、焦凍。貴方はいつか、私を置いて行ってしまうの?なんて。心の中でそんなことを聞いても、答えなんて帰ってくるはずもなく。手を伸ばす。触れた左頬は、暖かくて、愛しくて。思わず涙が滲んでか乾いた両眼を潤す。ゆらり、ゆらり。大好きな人の寝顔が歪んで。
深夜特有の不安定な情緒。そう、深夜だから。いつもなんとなく、私は不安なのだ。小さな不安が蓄積されて、大きくなって、私を蝕む。きっと朝が来たら、考えすぎだったなって反省するんだろう。不安に潰されそうなのは、きっといまだけ。
職業柄、死と隣り合わせになることもある。怪我をして帰ってきたことも、数え切れない。その度に全身の温度が下がって、ぞわりと嫌な感覚が背筋を撫でるのだ。ニュースや緊急速報で焦凍の名前を聞くとひやりとする。でも焦凍は強いから、と自分に言い聞かせるのだ。現に彼は強い。だから、大丈夫だと。
不安は、ヒーローの仕事だけではない。彼は強くて、かっこよくて。容姿がいい。左目周辺の痛々しい痕を含めても有り余るくらいに。見た目に反して天然な所も、時折顔を出す末っ子感も、焦凍を更に際立たせる。そのせいだろうか、最近ではメディア露出が増えた。CMも決まったと聞いた。焦凍の良さが世間に知られるのは単純に嬉しい。ヒーローも人気商売だ。名が広まるのは悪いことではない。だからだろうか。焦凍が週刊誌にすっぱ抜かれることも、稀にある。よく名を聞く女性ヒーローだったり、何かで共演したアイドル、女優だったり。その度に全身の温度が下がって、腹の奥がぞわぞわと掻き乱されるのだ。いつか彼は、私なんて捨ててどこか遠いところに行ってしまうのではないか。彼なら選り取りみどりだろう。私でなくても、いいだろう。
見た目より柔らかい髪を撫でると、腹部に巻き付く腕が締まった。悲しい気持ちが少し息を潜め、その代わりに愛おしさが顔を出す。そういえば、週刊誌にすっぱ抜かれるときは、世に出る前に慌てて連絡をくれる。事実じゃねえ、一瞬を撮られただけ、俺にはなまえしかいねえから、と。愛されているのは重々理解している。彼は不器用だからこそ、感情をまっすぐぶつけてくれる。愛を伝えてくれる。そんなとこが、好き。好きだからこそ、不安になる。
背中を叩き、小さく名前を呼ぶ。そろそろお腹が重たい。重たいよ、と声をかけると小さく呻いて、頭を降ろした。シーツに左右で違う色の髪が広がる。腕が伸びてきて、私を手繰り寄せるように動かすから、私は大人しくその腕に収まるのだ。

「…なまえ」

片手が優しく私の髪を撫で、片手が寝かしつけるように私の背中を叩く。きっと寝惚けていて朝にはなにも覚えてないんだろう。また引き寄せられて、焦凍の腕の中で目を閉じた。きっと私も、朝には何事も無かったかのようにこの人が好きなんだろう。




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