君がこぼす心緒についての話



手の中の小さな画面に切り取られた写真。おしゃれなカフェ、きれいな風景、子ども、彼氏、飲み会や遊園地、結婚報告に出産報告。繰り返す2回のタップとスクロール。気付けばそれは流れ作業と化していて、指を止めた。欠伸を零すと横から眠いのかと問われ、否定しながらソファに沈み込む。ふとスマホに視線を戻すと目に付いた、最近よく見かけるアイドルのアカウント。AIが気に入ると判断したのだろう。そう言えば、先日始まったドラマにも出ていた気がする。原作が気になって検索をかけたから、それが引っかかったんだろうと推測。スクロールを再開する。

「誰だ、そいつ」

「あれ、録画してたドラマに出てる人」

「…へえ、」

私の肩に頭を預け、スマホを覗き込んでいる焦凍に画面を向けるが、いかにも興味がなさそうな返答。自分で聞いたくせに、と思うが、まあ実際興味ないのだろう。私も今の今まで興味はなかった。存在こそ知ってはいたが、最近よく目にするなあ、くらい。若い男の子に黄色い声を張り上げる時代はとうに過ぎている。

「なまえ、そういうの好きだったか」

「んー、好きな方かな」

実際、学生の頃まではそういうものが好きだったと思う。友人とコンサートにも行っていたし、CDや雑誌を買い漁っていた。懐かしさに浸りながらスクロールを繰り返す。今の時代は合法的にオフショが見れていいな、なんて考えていると、離れていく体温。肩に預けられてた重さが消えて、少しの間の後に名前を呼ばれた。返事をする前に両肩を掴まれ、引かれる上半身。突然の出来事に身体が強ばり、心臓が跳ねた。少し強引な動作に驚きながら視線を上げる。散らばった前髪の向こうから覗く、こちらを射抜く色違いの瞳。

「え、なになに」

「俺の顔を見ろ」

「もう見てるよ」

「かっこいいだろ」

唐突な発言に浮かぶ疑問符。真剣な顔をして何を言い出すかと思えば、意図の掴みきれない質問。質問というよりも、きっとこれはレトリカルクエスチョン。質問の形をしているが、答えを求めている訳ではないだろう。若干戸惑いつつもぎこちなく肯定すると、心做しか満足気な表情の焦凍。それでも両手は離してくれなくて、膨れ上がる困惑。どうしたの、と私の口が疑問を投げる前に、焦凍が口を開いた。

「なまえが思ってるより、俺は強ぇぞ」

「え、うん、焦凍は強いよ」

「頭も悪くない」

「うん、賢いと思う」

「なまえが好きな物も全部知ってる」

「うん?うん、そうだね」

急に始まった自己紹介のような、自慢話のような。全て事実だから否定はしないが。目の前の整った顔を見つめる。とめどなく浮かぶ疑問と、密かに走る緊張。色違いの瞳を見つめても意図はやはり掴めなくて。するりと、大きな手が頬を撫でる。慈しむように、確かめるように。それが私を余計に混乱させる。

「なまえが欲しいものも、して欲しいことも全部分かるし、なまえが望むなら全部与えられる」

私の頬から降りた手は私の指先を撫でて、自然な動作で指を絡めた。この風景だけを切り取ったなら立派なラブシーン。だが内心、先程からの発言にドン引きしている。全て事実なのには変わりないのだが。焦凍は強くて、顔は整っていて、頭も良い。私には勿体ないくらいの彼氏。しかしこの彼氏、言葉が足りない。しずかに身動ぐ。真っ直ぐとこちらを射抜く瞳が気恥しくて、どこか居心地が悪い。見つめあったまま、言葉もないまま。しずかな空気の中膝に放置されていたスマホが床に落ちて、鈍い音を響かせた。視線だけを動かす。光り続ける画面には、開かれたままのSNS。ひとつの仮説が浮かんで、あ、と小さく声が漏れた。

「なまえは俺が一番好きだよな」

「…え、待って焦凍」

「好きだよな」

なんとなく感じる圧。それすらも私の頬を緩ませる要因のひとつにしかならなくて。合わさった指先に力を込める。そっと名前を呼ぶと、一文字に結ばれる唇。

「張り合ってるの?」

アイドルとヒーロー、比べちゃうかあ。そう言うと一瞬だけ、バツが悪そうに泳ぐ瞳。ちいさく否定する言葉さえ愛おしくて。堪え切れずに溢れる笑み。言葉は少ないのに、言動はこうも分かりやすい。嫉妬か、独占欲か。はたまた両方か。珍しいな、と思ったけど、そんなこともなかった。口に出さないだけ。何も言わない焦凍の頬をつつくと、悪いか、と睨まれてしまった。視線は鋭いのに、どこかしゅんとしていて。まるで不貞腐れてる子どもを連想させる。そんな仕草も愛おしく感じて、頬が緩むのを抑えきれない。

「私はアイドルより、強くてかっこいいヒーローショートの方が好きかなあ」

そう言って、不貞腐れた頬に触れる。つん、と柔らかい肌を押すと、一瞬きょとんとした顔が綻んで。色違いの瞳が細くなる。どこか満足気に笑うから、私もつられて笑った。




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