君に思う憂慮についての話



コンロの火を消して、鍋の蓋を閉めて、タッパーの大群を眺める。ひと息つきたいところだが、シンクに溜まった食器を片付けて、鍋の中も小分けにして、副菜も作っておきたい。下味冷凍もしたいな、と考えながら約一週間分の作り置きのタッパーを冷蔵庫に詰めていく。
同棲を始めた当初こそ手が空いている方が作り、作らなかった方が片付けという約束だった。回数をこなすうちに焦凍も簡単な調理なら任せられるまで成長し、率先してキッチンに立っていたように思う。薬味を刻むのはきっと私よりも上手い。しかし互いの繁忙期が重なり、疲れながらも私よりも先に帰ってきて料理をする姿を見て思わず泣いた。ぼーっと遠いところを眺めながら蕎麦を湯掻いている焦凍が忘れられない。目が虚ろだった。それからは互いが仕事の日は作り置きで手早く済ませるため、私が休みの度に作り置きし、冷蔵庫から出して温めるだけの状態にしている。料理は嫌いではないし、前よりも時間に余裕が出来た気がするから、多分これが現状での正解。宅配やデリバリーでも良いのだが、そうすると焦凍は蕎麦しか注文しないから不安になる。主に栄養面が。
コンロから避けておいたフライパンの中身の粗熱が取れたのを確認して、またタッパーに詰めていく。夜ご飯どうしようかな、なんて考えていると背中に重みを感じ、お腹に腕がまわった。柔らかい髪が耳元をくすぐって、肩が跳ねる。

「なまえ、ただいま」

「あれ、おかえり」

手洗った?と問うと、焦凍の首が縦に揺れた。いつの間に帰ってきたんだろう、気付かなかった。換気扇の音が大きいのか、ぼーっとしていたのか。時計を確認すると、やはりいつもの帰宅時間よりもだいぶ早い。手元の物だけでも詰めてしまおうとそのまま続けていると、控えめな笑い声。

「なんか、いいな」

「え、なになに」

「奥さんが料理しながら、俺の事待ってるって感じで」

なまえの背中見てたら、なんか分かんねえけど嬉しくなった。そう言ってまた、耳元でくつくつと笑った。お腹にまわった腕が締まって、肩口にぐりぐりと額が押し付けられる。くすぐったくて、思わず笑顔が溢れた。その反面、嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ち。奥さんという単語が頭の中で反芻する。きっと彼は、結婚なんて考えていない。この関係を終わらせることも考えていない。私は、気付いてしまったのだ。彼が、焦凍が家族というものに憧れながら、未知への不安を抱えていることに。
耳元がくすぐったくて、ふと、我に返る。いつの間にか湧き上がってきた雑念を振り払って、頭の片隅に追いやった。今、考えることではない。

「先にシャワー行く?」

「そうだな、一緒に行くか」

「もう、なにそれ」

邪魔だよ、危ないよ、と言っても焦凍は離れない。動きづらいし、少し暑い。それでも不快ではないから、なんか、ずるい。すぐ横を向くと、こちらを見つめる瞳と目が合った。頬を寄せ、この時間の幸せを噛み締める。頭の片隅の雑念を散らすように、笑った。キッチンに二人分の笑い声が小さく響く。多分、これが現状での正解。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -