たくさんのプリントを抱えながら、昼休み真っ最中の廊下を、少し早めの歩調で進む。行き交う人、人、人。比較的長い時間を有効活用している人達。私は本日何度目か分からない溜め息を吐いた。
ああ、めんどくさい。
小さな私の悪態は騒がしい廊下に消えた。次の授業で配るプリントを取りにこい、だなんて。相澤先生は本当に人使いが荒い。無論、さっきの授業で少し集中を欠かいた私が悪いのだが。長いはずの昼休みはそこそこ潰れ、腕は痺れ始めた。ちょっぴり気分を下げるには十分すぎる要素が揃っている。

「ちくしょう相澤せんせいめ…」

ぼそり、と悪態を溢した。絶対に本人の前では言えないけど。ああ、ずっと同じ体制の腕が痛い。心做しか肩も。のそのそと階段を昇り、自分の教室を目指す。遠い。広いなあ、この学校。また溜め息を吐いた。
誰か、手伝ってくれないかな、なんて甘いことを考えながらせかせかと歩く。手汗が滲み始める中、視界の片隅によく知るふたりの姿を映した。恋を自覚した日から今日までの反復練習で鍛えられた目が、耳が、無意識にそれらを捉え、認識する。一瞬の緊張感。逃げなきゃ。脳が警鐘を鳴らす。私がそれらを認識したように、それらも私を認識して、噛み合う視線。

「…あら、なまえさん?」

呼ばれた名前に、小さく肩を揺らす。鈴を鳴らしたような、可愛らしい声。頭脳明晰容姿端麗、それは彼女のためにあるような言葉。その奥にはよく目で追ってしまう特徴的な紅白頭、同じく容姿端麗成績優秀。我がクラスの推薦入学枠の、ふたり。

「び、っくりしたあ」

喉から絞り出した掠れた声。私の声帯は不格好に言葉を紡ぎ、より一層、私を惨めに見せる。それを振り払うように、ふたりとも何してんの、と笑って見せる私は、実に滑稽で。

「実技での改善点について、少しお話を伺ってましたの」

「参考になるかはわかんねえけどな」

「そんな!とても参考になりますわ!」

ふたりとも勤勉だなあ、なんて他人事のように考えた。お似合いとはこういうことを言うのだろう、きっと。私も彼の隣に並びたいと、釣り合いたいと、血迷った時もあった。でもふたりは文句無しに優秀で、人も良くて、私とは大違い。根本が違うのだ。私が優秀だったらいいのに、なんて。考えるだけ無駄だからやめた。腕の痺れが増す。ああ、はやく、立ち去らなければ。なまえさんは…と私を呼ぶ声に、先に教室戻るねと声をかける。遮ってごめんね。でも気分がちょっとだけ下がってる今、これ以上は心と腕が持ちそうにない。一歩踏み出す、その前に、みょうじ、と呼び止められた。色の違う瞳が私の手元を見つめる。

「それ」

「ん?」

「重いだろ、貸せ」

言葉と共に私の腕の中で鎮座していた重さが場所を移した。開放される両手。私の目の前で白と赤が揺れる。待って、ちかい。

「え、待って」

「教室でいいか?」

「うん、いや、悪いよ」

私が運ぶよ、という言葉は聞き入れられず、いい、と短く返された。一歩踏み出した背中を追う。戸惑い。そこそこ重かったはずのそれを軽々と抱える腕と、私より上にある色の違う瞳を交互に見た。少しの罪悪感と、行き場のない高揚感。せめて半分と交渉しても、私の主張は通らない。諦めてありがとうとお礼を言うと、おう、とまた短く返ってきた。いつの間にか私の隣にいた友人は、口許を隠しながらくすくすと笑っている。

「ふふ、優しいですわね」

「うん、やさしいなあ…」

特に、なまえさんには。なんて小さく聞こえた気がしたけど、きっとそれは気の所為だから聞こえないふりをした。そうだったら嬉しいけど、きっと、思い違い。彼はみんなに優しい。なんとなく足取りが軽い。ちょっぴり気分が上がるには十分すぎる要素が揃っている。



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