急に君に会いたくなって、放課後の体育館に向かってみた。
騒がしくボールをつく音はいつの間にかまばらになり、空は色を濃くしていた。扉の近くの段差に座り込んで、君が来るのを待っている。


「…さむ」


冷えた手を擦り合わせる。思った以上に夜は肌寒くて、もうすぐ秋なんだと実感した。それでも心ははずんで、楽しみで。まだかな、まだかな。そろそろだと思うんだけど。
持っていた英単語帳を仕舞い、鞄の中でこっそり端末を見ると最終下校時刻の二十時少し前。
人一倍負けず嫌いで人一倍努力家の君は今日も人一倍自主練習に励む。緑頭の後輩くんの言葉を借りるのなら、今日も人事を尽くしてる。

そんなとこが好き。

人に厳しくて、自分にはもっと厳しいとことか、頑張ればちゃんと褒めてくれるとことか、実はすごく優しいとことか、友達思いなとことか、内緒だけど後輩くんがすごく大好きなとことか、バスケに夢中で、必死で、まっすぐなとことか。

知れば知るほど好きだなあ、って。

クラスも違うし、家も逆方向で、二人とも受験生だからなかなか時間が取れなくて、二人ともマメな方ではないからメールもたまにだし、最後に喋ったのはいつだっけ、なんて。でも、こうやって君のことを考えるだけで、あったかくて、柔らかくて、ふしぎなくらい幸せな気分になる。

いつの間にか、音がしなくなった体育館。冷えた手を擦り合わせながら君を待つ。
早く会いたいな、君の声が聞きたい。

背後でギィ、と鈍い音をたてながら、重たい扉が開いた。隙間から漏れたオレンジ色の明かりが、冷たいコンクリートごとわたしを照らす。


「…なまえ?」


待ち焦がれただいすきなひとの声。それだけで思わず頬が緩んだ。首だけで振り返る。逆光で表情は見えないけど、きっと驚いてる。

やっと会えた。


「お疲れさま、清志くん」


一歩、二歩、近付いてくる君。スカートを叩きながら立ち上がる。見上げるくらいの大きな身長、蜂蜜色の髪。肩には大きなエナメルバック。手にはたぶんもう冷えてるであろう、温かいお茶の小さなペットボトル。そういえば寒がりだったな、って。


「あっれー!宮地さん!お迎えですか!!」

「うるせえ黙れ高尾ォ!!埋めるぞ!!!」


ぱたぱたと走り寄り、後ろからひょっこりと顔を覗かせた後輩くん。わたしと君を交互に見てにやにやと笑いながら、君を冷やかした。それを怒鳴りつけ、それから小さな舌打ちを零して、居心地悪そうにわたしを見る。


「何してんだよお前」

「清志くん待ってたの」

「帰れよ危ねえだろバカ」

「大丈夫だよ、学校の中だもん」


清志くんは心配性だなあ、って笑うと、大きな溜め息をつかれた。軽く頭を小突かれる。ほんとは痛くないけど、痛いなあ、って言って笑ってみた。清志くんは絶対に痛いことはしない。そんなとこも好き。


「ったっくもー…」

「なんか、ごめんね」

「…せめて教室とか図書室で待ってろ、連絡くれれば迎えに行くし、外で待ってたら寒いだろバカ」

「んーん、へいき」


だって、早く会いたかったの。

そう言うと君はあー、とか、もーとか言いながら視線をあっちこっち。
可愛いなあ、なんて思ってると、真面目な顔をした君の手がわたしの頬に触れる。冷たい、なんて言ってエナメルバッグからカーディガンを取り出した。どうしたの、って聞く前に、それをわたしに投げつける。
カーディガンからは当然だけど大好きなひとの匂いがして、なんだか恥ずかしくなった。


「…清志くん?」

「なんだよ」

「わたし、平気だよ」

「いいから行くぞ」


送るから。そう言ってわたしの鞄を持って歩き出す。慌てて自分で持つよ、って取り返そうと延ばした手は掴まれて、一緒に学ランのポケットの中に突っ込まれた。


「うわ、手冷てえ」

「わたし体温低いの」

「嘘つけ」


ぎゅっとポケットの中で繋がれた手。ごつごつとした大きな手を握ると、また握り返してきた。
あったかい。


「ごめんね、疲れてるのに」

「別に、久しぶりに会いたかったし」


その言葉に、少しだけ嬉しくなる。会いたいと思ってたの、わたしだけじゃなかったんだね。それが嬉しくて嬉しくて。やっぱり、好き。

隣にはだいすきなひと。
借りたカーディガンも繋がれた手もあったかくて。
わたしに合わせていつもより小さな歩幅で歩いてくれる君が、わたしはだいすきで。
今、とても幸せだなあ、って。




きみのすべてがすき




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