Glaze&Honesty/皇 綺羅


唇が離れると、双眼はただ私を見ていた。
静けさが空間に降りている。瞳はジッと合わさったままだった。
「……大丈夫、か……?」
彼の言葉はいつも決まって、こちらの意図へ気を配るように沈黙を含む。
ハッと私は我に返る。
「は、はい、大丈夫、です」
辿々しく視線を逸らすと、白いシーツの皺が見えた。
「なら……いい。固まって……いたから……」
私の肩を掴んでいた右手が、ゆっくりと離れる。
私の視線は、動きにつられるようにその指先を追った。流麗で、繊細な指先。
ギ……、とベッドの軋む音が鳴る。
端に腰掛ける綺羅さんが姿勢を戻しただけだが、これほど静かだと、それさえよく響く。
私は、ベッドの上に横座りしている。シーツの上にある自分の脚を、意味もなくそっと触る。その微音さえ聞くことができた。
「……緊張して、いるのか……?」
綺羅さんの伏せた瞳は、私の手元を見ていた。
ピク、と自分の指が跳ねる。
口を開くが、なんと答えればいいのか。
綺羅さんの眼差しが私の顔へ上り、微かな息を吸う音。
「安心して……ほしい。俺も……同じだ……」
射抜くような視線。不意に、それが柔らかく。
ふっと微笑むようにゆるんだ。
私は、呼吸で自分の胸が膨らんでは下りてゆくのを感じた。そこでやっと、体を随分固くしていたと知る。
「同じ……ですか?」
「……」
私の言葉に、綺羅さんは一つ頷く。
「それでも……やはり、お前と……こうして……」
ゆっくり落ちる言葉と共に、シーツの上の指先が近づく。
「……触れ合いたい」
手のひらが重なった。
手元へ視線を落とす横顔にぼうっと見惚れながら。私は口を開く。
「……はい」
綺羅さんがこちらを見て、柔らかく微笑んだ。
「お前には……丁寧に……触れたい。……焦らずに、とても……大切に……」
重ねた手には、力と熱が込もっていく。
「……しかし、日々……お前に抱く、感情は……愛、は……どんどん、膨れ上がって……溢れて……しまいそうに、なる」
身に覚えがある心模様に、私は何度も頷いた。
「名前」
美しい顔立ちが、案外近くにあった。
「受け止めて、ほしい。俺の愛も……思い描く、2人の未来も……」
ギ……とベッドが軋む。ぎゅっと握られる片手と、柔く差し伸べられる指先。髪の下をくぐって、頬に触れた。
鼻先が触れるほどに近い距離。互いの息遣いが、澄んだ静寂の中ではっきりと聞こえた。
「……」
私は、ゆっくりと頷いてみせる。
それから、頬へ添えられた手に、そっと指で触れる。
自分より一回り大きくて、丈夫な手。感触を確かめながら、自分の手のひらを重ねる。
「……私の愛も、受け止めてくれますか?」
微かな息遣いを聞いた。
「勿論だ。……言うまでもなくて……少し、可笑しいな」
ふ、と微笑みをこぼす目前の顔。シーツの上の手にはまた力が込もった。
「それを言うなら私だって、綺羅さんの愛も何もかもも……受け止める覚悟はずっと前から……」
「……そうだな」
綺羅さんが、近い距離で微笑んだ。頬に触れた親指を、撫でるように動かす。
「確かめる……作業なのかも、しれない。こうして、触れて……」
ギシ……、とベッドの音。綺羅さんが、片膝をベッドへ乗せ上げた。
十分近いと思っていた鼻先の距離が、もっと近づいた。
肌で吐息が感じられる。
ギ……と音が鳴る。
「互いが……抱く感情を、伝え合い、確かめ合う。そうして……2人で、ひとつに……なっていく」
綺羅さんの声色が、振動として肌に伝わる。
吐息は、熱を持って伝わる。
私はおもむろに口を開く。
「『確かめ合う』……でも、その作業の間にも、こんなに」
「……ああ。愛が溢れるな」
近い距離に、心まで繋がってしまったような心地になる。
綺羅さんの片手が、私の肩に触れた。
柔らかく掴むようにして、力が込もる。
その力の流れに運ばれ、私はシーツに後ろ手をつく。
肘をついて、背中をついた。
真上に綺羅さんの顔がある。ギ、とベッドが音を立て、陰と共にその距離が降りてくる。
「……」
緊張、と同時に、それを上回る愛がある。他の誰にも感じない安堵、心地よさと、迫り上がる欲情がある。
それらが混ざり合って波打つ鼓動は、不思議なリズムをしていて。合わさるはずのない独特なリズムが、目の前の相手とぴったりと重なる。
瞳と瞳が合わさった。
瞳孔まで見える。これだけ近いと、相手の何もかも知り得てしまいそうだった。
瞳を見つめたまま、ゆっくりと、唇に感触が降りた。
そっと目を閉じる。
柔くて、熱を帯びている。静寂に響く鼓動の音。体を覆うように落ちている2人の間の陰。
「……」
ジンと痺れにも似た感覚を残して、唇が離れた。
ゆっくり目を開くと、ただ私に視線を注ぐ瞳があった。
私は手を伸ばす。
そっと指先で、頬に触れた。
それを受け止めるように、綺羅さんの手が上から重なる。
「一瞬一瞬が……愛おしい。どんな瞬間も、感触も……覚えておきたいと……思うほどに」
2人の至近距離が生み出す陰の間にだけ、声が響く。
半分吐息で出来ているような、甘くて、静かな声色。
「……はい、本当に……」
私の声も静かにつたった。
指先で綺羅さんの頬を、確かめるように撫でる。
「……愛に、形は無いが」
綺羅さんの視線は、飽きずに私へ注がれている。
「こうして少しずつ……交わして、確かめ合っていくことで……」
私はゆっくりと頷く。
「形に、なると思う。俺と……お前と、なら」
指先を動かして、綺羅さんの輪郭を辿る。
重ねられた手は、それを追うようについてきた。
「……はい」
息に、音を乗せるのも躊躇われるくらい近い距離だった。
この愛おしい一瞬一瞬が、長い時間をかけて、きっと形を帯びていく。
永遠という名の元で、美しい、色に輝いて。
ギ……と耳の傍で軋む音。
胸と胸が少し触れて、また吐息がずっと近づいた。
私はゆっくりと目を閉じる。
「……名前、愛している」
殆ど唇の上で紡がれて、優しく密っした。


愛の言葉と、大切に触れる指先を、幾度も重ねる。
見えない愛の輪郭を、互いに教え合うように。
目が覚めて口にする挨拶は、昨日よりも、ずっと愛おしいものになっている。

Glaze&Honesty/皇 綺羅 Fin…

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