nova/日向大和


『買い出しにいく おまえもくるか?』
短いメッセージが送られてきたのは、夕方のことで、特に予定もなかった私は首肯の意を返した。
買い物袋の中で、食材がガサガサ揺れる音を聞く。
「いま何時だ?」
「今……6時前ですね」
「じゃあ夕飯には間に合うな」
私は取り出した携帯電話を、上着のポケットにしまう。
アスファルトの上を並んで歩く。
空はもう夕日が沈み、残された余韻の色がグラデーションを成している。
大和さんは、片手にキャンバス生地の大きなトートバッグを持ち、反対の手にはポリエステルのエコバッグを二つも提げている。
スーパーを出る際、持ちますよと言ったのだが。大和さんは「なんでだ?」と心底不思議そうに言い、3つの袋をから同然のように持ち上げたのだった。
「日が沈むの、ちょっと早くなったか?」
隣から声が降る。
私は顔をもたげた。
「そうですね、季節的に……気温も少し低くなった気がしますし」
空へ視線を移す。先程見た色とはまた少し違った色味をしている。
「そうか? まだ暑いだろ」
「昼間は少し暑いですね、でも朝晩は涼しい気がしますよ」
「おまえ、上着きてるな」
「大和さんは半袖ですね……」
顔を横に向ければ、ちょうどTシャツの袖が見える位置だった。そよ風が吹いて、その薄い生地がはためく。
「動くと暑いだろ」と隣から聞こえた。
「それにしても、随分とたくさん買いましたね。いつもこうですか?」
「今週はロケがあるから少なめだって瑛二は言ってたな」
「これで少なめ……皆さんよく食べますね」
男7人だとやはり相当な食事量になるんだろう。大和さんはその大きな体躯に見合う食べっぷりだし。
食事当番の瑛二さんに渡されたという買い出しメモを見た時、驚いたのを思い出す。レジカゴいっぱいの買い物になった。
「買い出しのときはよくつきあわされる。まあ、トレーニングになるからいいんだけどよ」
大和さんは溜息混じりに言った。私は少し頬を緩める。
「ナギと行くと余計なもん買わされる。綺羅と行くとしっかりしてるから助かるぜ。たまに世間知らずなとこあるけどな」
ガサガサと食材が揺れる音に合わせて、ゆっくりとした歩幅は進んでいく。
ふと、思い立って私は暫く足元を見た。自分の物より、ひと回りもふた回りも大きなスニーカーを眺める。
「今日……私がご一緒して良かったんですか?」
はあ? と大和さんが不思議そうな顔をする。
「いや、いつもメンバーの皆さんと出掛けられてるみたいですし、荷物持ちにもならないし……」
私は顎に手を当てて考えた。
「別に、おまえといたいからだろ」
大和さんはこちらを横目で捉える。
「スーパーより、もっとおまえが喜びそうなとこのがよかったか? でもどこ行きゃ喜ぶのかよくわかんねえからよ」
そういえば、と思った。
最近、よく大和さんに誘われる。それはランニングだったり帰路につく事だったりするけれど。
メッセージに限らず口頭でも、「おまえも来るか?」とふらっと声を掛けてくれることが多いのだ。
「…………いや、どこだって……」
私は呟く。かなり大きく、けれどゆっくりとした速度を保つ歩幅を見つめながら。
「どこだって……嬉しいですよ。大和さんが声を掛けてくれることも、一緒に過ごせることも、嬉しいですとても」
ぱっと顔を上げれば、大和さんの瞳が私を見ていた。
不意に、大和さんの案外長い睫毛が下を向く。
ガサッと音が鳴ったと思えば、持ち上げた片手のトートバッグをジッと見つめる。
その不思議な仕草に「何してるんですか?」と訊けば、「別に」とだけ帰ってきた。
空は西の地平だけ残して、あとは夜の色に染まっていた。

両手が塞がっている大和さんの為に、玄関のドアを開ける。
「じゃあ私はこれで……」
「あーちょっと待て」
背後でガサッと音がしたので、大和さんが玄関の床に買い物袋を置いたのだと思う。
私はドアノブに手を掛けたまま、振り返る。
「うわっ」
目と鼻の先に、Tシャツのロゴが見えたので驚いた。
ドアノブを握っていた手を掴まれる。自分の手が子供の手に見える程、大きな手のひらだ。
私の背中は玄関扉に接する。
大きな体が私と扉に影を落とす。
指を5本まとめて握られる。腰の横までその手を下ろすと、指が絡んで密っした繋ぎ方に変わった。
グイ、と体を寄せられ、顔が近づく。
「次、行くときは片手あけてかねえとな」
語尾まで聞く間も無く、唇が触れた。
頭の後ろに手を添えられ、それが私の頭を自分に引き寄せるように力を込める。
唇が離れても、近い距離で顔を突き合わせたまま。
暫くの沈黙の後、大和さんが再び瞼を閉じた。
唇が重なる。
私が目を開けると、大和さんの大きな手のひらが目の前に見えた。
親指が私の唇に触れて、下唇に沿うように撫でた。
「な……なんですか」
声が掠れたので言い直した。
「別に……やわらけえなと思った」
大和さんは体を離すと、背を向けてスニーカーを脱ぎ始めた。
「…………」
私は自分の下唇に指で触れてみる。
「あ、大和おかえり」
その時瑛二さんが廊下から顔を出したので、私は心臓が飛び出るかと思った。
「ただいま、名前も飯一緒に食っていいだろ?」
「あっ名前さんも一緒だったんだ。ちょうど良かった、作りすぎちゃって、明日の肉じゃがにしようかなって考えてたところだったんだ」
ガサガサと大和さんが買い物袋を持ち上げる。

ドンッと食卓のテーブルに袋を置く。食卓にはすでに美味しそうな匂いが漂っていた。
瑛二さんが、買ってきた食材の中からカレールーを取り出して、キッチンに向かっていった。香りが完全にカレーの匂いになった。
「飯、食った後予定あるか?」
ガサガサ買い物袋の中身を取り出しながら、大和さんが言った。
「いえ、何もないですよ」
「ならおまえの部屋行ってもいいか?」
ガサ、と私は食材整理を手伝う手を止めた。
視線を泳がしながら、ゆっくり口を開く。
「…………はい」
大和さんは笑うような、頷くような仕草をした。
それから私の頭に手を置いて、ポンと撫でるようにすると、キッチンの方へ歩いていった。
私は顎を引いて、自分の口元にゆっくり指先を持っていった。唇に触れる。
窓の外の空からは色が消え、高い夜空が広がっている。

『nova』Fin
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