日が沈むまでに




何のことはない普段通りの日。そうだ、たとえ今夜攘夷党を一つぶっつぶそうとしてようが俺の心は何ら動揺する訳でもない。真選組随一の腕と謳われる自分が万が一にもてこずるはずもなく、きっと今夜もいつもの任務と同じで感情もなく無傷で事を終えるのだ。それが真選組という組織に入ってからの俺の仕事であり、責務だ。そこに選択肢はない。全ては「イエス」だ。
河原に寝転がって空を見上げる。青が目に飛び込んできた。曇天が続く梅雨の季節にあってこのような晴れた日は珍しい。ああ、青いなァ。視界が真っ赤に染まるような日は大抵青が見たくなる、俺にはそぐわない清々しい色。俺はその久しぶりの「青」を目蓋に焼き付けるように見つめた。血を見ることなんて慣れきっているはずなのに時たま視界に酔いそうになるのは案外自分はおセンチな人間だからなのかもしれない。
ふわりと吹いた生温い風が足下にボールが運んできた。ふと見ると小さな少女と少年がおずとこちらに近づいてくる。

「あァ、これかィ?」

こくりと頷く少女、その背中に隠れるようにしている少年は姉と思われる少女の顔を見つめている。

「ほらよ、」

ボールを手にとって差し出したにもかかわらず少女ははっとしたような、脅えた目でこちらを見たかと思うと少年の手をひいて一目散に駆けていった。手の内のボールは持ち主には還らず。

(、これか)

少女たちの行動の理由はすぐに見つかった。暑苦しい黒の制服にちらと目を遣る。彼らはおそらくこの制服に恐れ戦いたのだろう。泣く子も黙る嫌われ者、その真選組の中で最強の部隊を率いる隊長が目の前にいると分かればそりゃあ逃げもするか。客観的に他人の反応を冷静に分析する。綺麗事を言うつもりは毛頭ない。なぜなら俺は人斬りだからだ。
眩しい程の青が目に痛い。俺の目はもう「赤」に馴れきっているのだ。「青」がキャパオーバーになる前に俺はアイマスクで目を覆った。

__________


「やっぱりお前だったアルか、サド」

ひとしきり眠った後に響いてきた声。寝起きでぼんやりとした頭でも分かるほどに特徴的なこの口調の持ち主が誰だというのは火を見るよりも明らかである。

「誰かと思ったらてめえか。俺に何の用ですかいエセチャイナ」


「ボール返せヨ」

「は?」

「だから、ボールだっつってんだロ。ユキちゃんが真選組の男が居て恐くて取ってこれなかったって言うから来てみれば。やっぱりお前だったアル」

「…あぁ、これか。誤解してるようだから言っておくがこりゃ俺が奪ったもんでも何でもねえぜ。あのガキどもが勝手に怯えて逃げ帰ったってだけだからなァ」

「お前がそんな威圧的な態度してるから子供が逃げてくのヨ」
「柔すぎるガキどもがいけねえんだろ。ほらよ、返すからとっと失せやがれ、ガキ」

チャイナ娘の前にぽんとボールを投げた。

「…ンのサディストが。そんなことだからチンピラ警察呼ばれるネ。ちょっとは善良な一般市民様への親切心が持てねーのかヨ、ガキ」

心底蔑んだ目を向けて、チャイナは足元に転がってきたボールを拾う。

「ほんと、頭の悪い馬鹿な野郎どもアル」

チャイナとばっちり目があった。その時、初めて気がついた。この女の目がお世辞抜きで綺麗な碧眼であることに。その奥深い青に一瞬囚われそうになる。
「オイ、何ジロジロ見てんだヨ、気持ち悪い」

「いンや、キレイな青だなあと思って」

「はあ?まさかこの神楽様に見惚れてたアルカ?ゲハハ」

「んな訳ねえだろ、たたっ斬るぞ」


その後はお決まりの喧嘩になった。クソガキ具合は相変わらずだったが、思いがけず見た混じりけのないチャイナ娘の「青」に「赤」で覆われていた視界はいつの間にか消えていた。あの小娘に不本意ながら嫌な「赤」を取っ払ってもらったという訳だ。感謝なんぞしたくないがしておくべきか。あのバカチャイナの瞳の青に俺は何を見ていたのだろうか。赤い世界からの救いか、それとも。

「それにしても綺麗な青色してやがったなあのチャイナ娘」

ぼそりと呟く。
日没がすぐそこまで迫っている。見上げれば焼けるような赤が空を覆う。そして今夜も大量の血生臭い「赤」を見ることになるであろう。それでも、空の「青」がキャパオーバーだったのに、あの小娘の「青」で視界が晴れるとはなんとも皮肉なもので笑えてくる。それでも、あの娘の「青」ならばまた見に行こうという気になるのだから不思議だ。

足取りが軽い。俺は補完した「青」を焼き付けて今日も任務へと向かう。



0527:解説っていうかもはやただの妄想語り