キス&ネバークライ




快晴の、太陽がぎらぎらと照りつける日、陽を避けて番傘をかざす度に思う。
戦闘種族の血を拒む私の戦いに勝ち目はあるのかと。
それ自体、自分の意志の強さ云々の問題だと私自身ずっと確信してきたし今もそれは変わらない。だけどそうも言ってられないどうしようもないときがあると吉原での戦闘で思い知った。死の危険に晒された仲間の前で、しかも自分の力が及ばない時にどうして正気など保っていられようか。結局私は歴戦の夜兎を相手に自らの内に眠る戦闘の血を覚醒させることとなってしまった。あの時はほとんど錯乱状態に近かったので記憶が曖昧なのだが、戦いの中でたぎる血に快感を覚えた自分が確かに居た。

勝てない。理想論を並べても本能というものには勝てないのだろうか。やってみなければわからない、というポジティブな考えと諦めて血に従えという本能が心の中を交錯しているのだ。
「やってらんないアル」

半ば自重気味に笑った。自重気味に笑う自分が可笑しくもあり悲しくもあった。
強さが、絶対的なものが欲しい。でも今の自分には手に入れることができない。袋小路に追い込まれたような気分になって
すぐそばの朱色の太鼓橋によりかかった。


「よォ、久しぶりだなァ」

聞き覚えのある抜けた声。
ふと顔をあげるとそこには沖田がいた。にやにやとドS顔をちらつかせている表情が穏やかではない私を更にイラつかせた。今はコイツ相手に遊び心で毒を吐ける程気持ちの余裕がない。

「あァ、久しぶりアルなァ。でもお前に構ってられる程私は暇じゃないヨ。じゃーな」

口少なにその場を去ろうとした。ふいに腕をぐいっとされて引き戻された。余計にイラっとして自分の腕を掴んでいる沖田を睨みつけた。

「何のつもりアルか。お前邪魔ヨ。離すアル」

「まーまー。そんの凶悪顔すんなよ。少しぐらい喋ってもいいだろィ?」

にっこりと笑っているのに全く読めない表情を浮かべると沖田は腕を放した。何なんだコイツは。不愉快以外の何者でもなかった。

「用があるならさっさとすませろヨ。こちとらお前相手にボランティアができるくらいに優しくねえんだヨ」

「お前ここんとこ見なかったけど……どこか行ったりしてたのかィ?」

吉原での出来事の後、私の足はしばらく市中から遠ざかっていた。怪我もしていたしそんな気分でもなかったので毎日のように顔を突き合わせてたコイツとしては違和感を感じたのだろう。でも詳細をコイツに話してやる程親しくはないし聞いてくるコイツもコイツで節介な野郎だと感じた。

「それ聞いてどうするネ」

先刻よりいつも以上にコイツに対して辛辣な態度をとっていることは自覚していたがしょうがない。今は誰にも構いたくも構われたくもないのだ。

「どうするもこうするも……」
顔色ひとつ変えずに頭をくしゃくしゃとやった沖田は明後日の方向を向いたかと思うと次の瞬間には私の瞳を捕らえていた。

「なんでそんなツラしてんのか気になっただけでさァ」

「いつもは悩みなんかなさそーな阿呆面してるクセに………不自然なんだよ、そのツラ」

どきっとした。そのツラ?私がどんな顔をしてるというのだ。答えは自分で分かっている筈なのにこの男に自分の深部を言い当てられたのが癪だったので気づかないフリをした。指摘された際に一瞬、動揺の色をあからさまに出してしまったような気もするが構わず続けた。

「私がどんなツラしてるっていうんだヨ」

ふん、と鼻を鳴らして呆れたように手をひらひらと遣って余裕のあるような仕草をした。それが更に墓穴を掘っているといるということを次の奴の発言で嫌でも覚る。

「全然余裕ねえツラってことだよ。思い詰めたような深刻なツラしやがって。お前みたいな単純な奴がそんなツラしてたら変だと思うのが当然の道理じゃないんですかィ?その態度もおかしいんでィ」

心の動揺を洗いざらい見抜かれたような心地がして目の前がぐらりぐらりと揺れる。

「なん…で、お前なんか…に」
沖田なんかに見抜かれるなんて。恥ずかしいしの悔しいのでまた目の前がぐらぐらと揺れた。でも心の隅っこにちょっぴり嬉しい気持ちが存在しているのはなんでろう。
また目の前がぐらりぐらりと揺れる。浮遊したような感覚がキモチワルイ。

「…おい、お前大丈夫か!?」
心配顔の沖田が視界に入ったが奴の声が遠くから聴こえる。
あれ、揺れてるのは私のほうだ。

「おい!!!チャイナ!」

叫ぶ沖田をそのままに私は意識を手放した。





「あ………れ?」

気づくと路地裏らしき場所に背中を預けていた。ひんやりとした冷気がほてった体に気持ちいい。

「起きたみてえだな」横を見ると沖田が同様に背中を預けて座っていた。胸元のスカーフが無い。額に手をやると濡れた布が頭に覆いかぶさっていた。

「ワタシ…」

「いきなり倒れやがるからどうしたかと思ったがそういや夜兎っておひさんに弱いんだったよなァ。大方熱中症一歩手前ってとこか。今日暑かったしなァ」

事務手続きのようにぺらぺらと喋ったかと思うと私のほうに一本の缶が差し出された。

「ほらよ。一応飲んどけ」

「!」

めまぐるしく動く「見たことのない」沖田にあっけにとられながらもひんやりと冷えた缶を受け取った。

「あの、さ……ありがとうナ」
コイツの意外な行動に少々面食らいながらも素直に感謝の言葉が口を突いた。これ、沖田なのか。生粋のドSなくせしてなんか優しすぎて変な感じ、調子が狂う。弱さを見られたむずがゆいような恥ずかしさと胸の熱さを流すように缶ジュースを一気に飲み干した。オレンジのほどよい酸味が今の自分の気持ちに似ている気がした。

「面倒みた代わりっちゃ何だが」

「何で柄にもなく浮かねぇツラしてたか俺に知る権利はあるよな?」

私の認識上では此奴との関係はあくまで顔を合わせたら喧嘩するような仲で、正直此奴が私の異変(奴からみたら異変らしい)の理由をこうまでして知りたがる理由を全く持って理解できなかった。吉原での一件のためあまり口外してはいけない気がしていたし何より此奴の言う通りに答えるのが癪だったのだが考えてみたら頑なに返答を拒むような理由もない気がした。それに助けてもらった今、それを話すのは癪じゃなかった。


「私には兄ちゃんがいるネ」

「夜兎の本能の塊で自分の親を平気で殺そうとするような物騒でどうしようもないバカ兄貴アル。そいつと久々にこの江戸で会ったアル」

「夜兎は戦場でしか生きられない、そういって戦ってばっかいたから今絶滅寸前になったアル。でもワタシは昔からそういう夜兎の在り方が疑問だったネ……戦場でしか生きられないような奴になりたくなくて、それは地球に来て銀ちゃんや新八にあって覚悟に変わったのヨ。むやみに人を傷つけない、夜兎の本能と、変わるために戦うって。バカ兄貴のようにはならないって決めたアル」

「――でも、自分の弱さのせいで新八が殺されそうになって結局わたしは自分に負けたネ。夜兎の闘争本能に呑み込まれて――戦いを快感と感じるようなただの化け物になりさがってた。新八が止めてくれなかったら敵を殺してたくらいの狂気ヨ。お前なら分かるダロ?」

「・・・――あァ」

握っていた空き缶が熱を帯びていた。自分の熱に冷気は浸食されていた。それはまるで本能に浸食されて我を失った自分のようだった。

「久々に兄ちゃんに会ったけどあいつは一ミリたりとも変わってなかった。その場はただ対峙しただけでバカ兄貴程度にしか思わなかったけど時間がたって振り返ってみて気づいたのヨ。ワタシは結局アイツと変わらないってナ」

あはは、と自嘲気味に笑ってみる。笑った自分が痛々しいことくらいわかっていたけれど今は到底ポジティヴになんてなれそうにない。認めたくなかった真実は認めざるを得ない現実に変わった。ひんやりとした感覚が全身を回っていく。あついのに、つめたい。さっきまでは心地よく感じられた冷たさに今は心が震えていた。心と合わせて声も、震えた。

「ワタシはバカアル。変われもしないくせに銀ちゃんや新八と同じになりたくて頑張っちゃって……護りたいものを護れるかっけえ奴になりたかったのにネ………やっぱり無理だったのヨ。本性が化け物なんだから上辺だけの強さしか手に入れられないのは当然だったアル」

涙が今にもこぼれ落ちそうだった。ああ、なんでこんな奴の前でいっちゃうかなあ。もう吐き出しちゃったからしょうがないけど。でもこいつの前だから言えたことかもしれなかった。銀ちゃんの前では――言えない、言うのが怖い。

「チャイナって案外弱えんだな」

「お前みてえなガキが何をいっちょまえに悩んでるかと思えば。俺なんかそんなレベルもう超越してらァ。悩みのうちにはいんねえわ」

ぐしゃり。握りつぶした缶をを沖田にむかって投げつけた。

「いってえな…なにしやがん「お前に!お前に何が分かるネ!お前みたいな人間と一緒にすんな!お前は……人間なんだから…いくら人斬ったって本物のバケモンじゃねえダロ…ワタシはなりたくなくてもバケモンアル…お前に何が分かるっていうんだヨ……」

ぽたっぽたっと落下音がした。頬が冷たい。体は熱いのに涙は冷たいなんてなんかおかしいな、なんて妙に冷静なことを一瞬思った。

「変われないから、思いしったから辛いネ…お前と一緒にすんナ」

吐き出したモノに共感してくれる誰かがいれば軽くなると思っていた。これ以上ここにいると沖田を必要以上に責め立てることになる気がした。八つ当たりみたいでみっともない自分をもう晒したくない。もう帰ろう。

「……な…んか悪かったナ。仕方ないとはいえ介抱してくれて話も一応聞いてくれたのに。でも今は到底穏やかになんてなれないヨ。コレ…おいしかったアル。じゃあな――」

立ち去ろうとしたらふいに腕を凄い力で引っ張られた。気付いたら沖田の顔が目の前にあった。沖田の目に一瞬射抜かれたようになって不思議と動けなくなり、そのまま唇を奪われた。

「 ん、ア」

こいつこんなに力あったのかと呑気な思考を押しのけて我に返って目の前の男を力一杯押しのけた。

「…………おおお前、き…キスするなんて何考えてるネ!」



「こうでもすらァいつものアホチャイナに戻るかと思って」

涼しい顔で言った奴とは正反対に私の顔は真っ赤だった。本当に何を考えてるんだコイツは。「まァそんな顔にできたんなら大方成功ってとこか?」

沖田はニヤリといつもの不適な笑顔を作った。からかわれたのか。一瞬どきっとした自分をぶん殴りたい。でも赤い顔はまだ戻ってくれそうになかった。

「詳しいことは知らねえ。けどなァ、戦闘種族だかなんだかしんねえが勝手に壁作ってんじゃねえよ。人間だって同じでさァ。てめえは違うって言ったが、俺だってなァ戦ってんだよ。」

「ガキのくせしてそう早々と絶望してんじゃねーや。俺も人斬りだからな、色々と思うことはあらァ。けど戦うことを止めたらそれこそ終いなんでィ。」

「本能云々の前にチャイナはチャイナだろィ。変わりたきゃ、闘い続けるしかねェ、自分とな」




―――ああ、そうか。

自分で言っていたようにきっとコイツはもうそういうことを既に乗り越えてきているのだ。私はコイツがどういうふうに生きてきたのかは知らない。でもコイツだって真選組という組織のなかで少なからず葛藤があったに違いない。
普段見ない沖田の真面目な顔を見て納得するとともに心が軽くなっていくのを感じる。
《夜兎だって人間だって違わない》
なんという単純明確な答えか。でもそれだけで充分な気がした。「―――お前だってガキのくせに…」

「やっと絞り出した言葉がそれかィ。俺がありがてえ説教してやったのにやっぱりガキにゃまだ早かったか」

「ガキガキうっさいネ!お前の説教なんてなくても別に大丈夫だったアル」

「さっきまで泣いてたガキはどこのどいつだっけかねェ。」

「!………お前なんかの前で泣いたワタシがアホだったネ!大体何神楽様にキスなんかしてんだヨ!百年早いネ!………お前なんかの前で二度と泣かねーからナ!せいぜい覚えとけヨクソドS!」

「そうしてくれりゃこっちとしてもありがてえ。ガキの悩み解決なんて面倒くさい以外の何者でもねえからなァ」

「……るせー。もう帰るネ!アバヨ腐れ警官…でも、」

通りへと歩みを進めたが出口にさしかかった最後にくるりと振り返った神楽は満面の笑みを浮かべた。


「今日はありがとナ!お前のことちょっぴ見直したネ!」

「おう」

いつもにやりとしか笑わない沖田がちょっと照れくさそうに笑った。路地の光が射すほうへと歩みを進める。大嫌いなアイツののおかげで、少しだけ強くなれた気がした昼下がり。今日だけはあの男に感謝しよう。



(もう泣かないってきめた)


0521:後書と言う名の言い訳タイム