例えば彼女がデートのために目一杯お洒落してきたとして、それを素直に「きれいだ」とか「かわいいよ」とか言える男はよほど女の扱いに慣れてる奴か純粋な奴なんだと思う。
上記に当てはまらない俺はいわゆるひねくれ者の口下手な男だ。自分の感情をさらけ出すのが嫌だから相手を素直に褒めたことはほぼないと言っていい程。だから女共の「ねえ、わたし可愛い?」とかいう男に賛辞を求める台詞は面倒くさくて嫌いだ。どうせ自分で可愛いとか思ってんだろ?いちいち他人にまで意見求めてんじゃねーよ、とか街でそういう場を目撃すると思う。
俺は片意地張って生きてきた。簡単に相手には隙を見せず、誰に対しても油断せず、心を許さず。こんな歪んだ自分だから素直になれないなんていうことは一番よくわかっている。だから例えコイツになら心を許せる、と思ったヤツにも簡単に素直にはなれないわけで。最近付き合うようになったこの酢昆布娘も例外ではない。

しゃらんしゃらんと音がしたかと思うと境内の階段の下で待っていた俺の前に神楽は現れた。俺は神楽に目が釘付けになった。行き交う大勢の人間がいても人目みてわかるほどに神楽は美しかった。

「待ったカ?銀ちゃんってばさっき酔っ払って帰ってきてネ―…」

紺を基調とし椿模様をあしらった浴衣は透き通るほどに白い肌によく似合い、碧い目はよく映えた。いつも髪留めにまとめてある髪は上でひとつにまとめられきれいな簪が添えられている。心なしかちょっと化粧をしているように見え、それが俺の心を高揚させた。すげえ可愛い。

「ちょっとお前ワタシの話聞いてるのカ?」

「あ、悪ィ。ちょっとぼーっとしてた」

神楽の話がそらになるほどに釘付けになっていた自分にびっくりした。やっぱりこういうお洒落って俺のためにしてきてくれるんだろうな、とか思うと嬉しさで力任せに抱きしめたくなる。

「お前ワタシに見惚れてたんだロ?」

そう言うと神楽は浴衣の裾を広げ蝶が舞うように一回転した。

「まさか。な訳ねえだろ。言葉は選びやがれクソチャイナ」

我ながらなんて可愛げのない。案の定神楽は顔を風船のようにふくらませた。

「んだヨテメー。この浴衣、姉御が着付けてくれたアル!この模様も神楽様も可愛いダロ?」

「可愛いぜィ。その浴衣がな。馬子にも衣装ってヤツか?」

「も一回同じようなこといったらぶっ飛ばす」

「やれるもんならな」

「んだとコラァァァ!」

少しばかりお約束の掴み合いの喧嘩をしたが「せっかくお祭りきたのにくだらないことしてもしょうがないネ、エスコートしろヨ。ドSコートじゃねえからナ」ということで早速夜店街を歩くことになった。
最近神楽は前よりも怒らなくなったように思う。それは俺もだと思うが。前ならば最初の一言でブチギレて凄まじい喧嘩をしていた。今も変わらず喧嘩はするがそれはお互いの距離と気持ちを図った上でのスキンシップのようになっている。喧嘩がスキンシップだなんて世間一般でいえば変わっているのだろうが。

『ワタシに見惚れてたんだロ?』

神楽に言われてどきりとした。まさにその通りで今も横を先程買った林檎飴をぺろぺろとなめながら夜店をみては喜ぶ無邪気な神楽を見てはその美しいうなじに見惚れる。たぶん志村姉に慣れない化粧を頼んだり浴衣を着付けて髪も整えてもらったりしたのであろう彼女のお洒落、俺のためにしてきてくれたのだろうと本当は凄く嬉しいのである。こういうとき素直にイエスといえるイエスマンならば、どんなにか彼女は喜ぶのだろうか。

「あのちっこい魚かわいいネ」甚平の裾をくいとされて金魚すくいに立ち寄った。二人しゃがんで店番から金魚すくいをうけとる。

「む〜…結構難しいアルナ。」
眉間にしわを寄せながら最中の入れ物で水をばしゃばしゃしたせいで神楽の最中はあっけなくふやけていた。

「ったくテメーは乱暴だな。いいか、金魚すくいってのはな、こーやって…」

神楽の華奢な腕を掴んで泳ぐ金魚めがけてそっと、かつ速く最中を動かした。
ひょいっと掬いあげられた金魚は見事神楽の手中の容器にダイブした。

「とれたヨ!やったネ!ありがと、沖田!」

そう言ってにいっと満面の笑みを浮かべた神楽は捕まえた金魚のはいった容器を大事そうに抱えた。

笑顔が、はじけた。


神楽の、無邪気な笑顔は俺の片意地張ってた冷たい心をその温かな熱で溶かしていった。出会った頃はこんなはずじゃなかったのにな。気づいたらコイツは俺のかけがえのない存在になっていた。俺が今、不器用ながらに色んな人と笑いあえるようになったのは神楽のおかげだ。前よりも気持ちが大らかになって精神的にも余裕が出てきたらのように思う。
神楽の笑顔を見る度に護ってやりたいという気持ちが強くなると同時に俺のせいで彼女に損をさせている気分になる。
俺は神楽が好きだ。俺なりに愛情表現はしているつもりなのだが彼女の前でも素直になれないのはいかがなものか。
色んなモノを日々彼女は与えてくれる。それに俺は充分応えられているのだろうか。

今日こそは、素直になってみようか。いや、今日こそは自分の気持ちに素直になりたい。


パァン

打ち上げ花火が上がった。花火は祭りがもう終盤にさしかかっていることを意味している。

「きれいヨ〜」

お前のがきれいでさァ。

―なんてベタなこと俺に言える訳ないだろうとセルフツッコミをかましてみる。いざ口下手な俺が、ましてやいつも彼女にもかかわらず憎まれ口を叩いている俺がこんなこと言ったら気持ち悪がられるだろうか。考えれば考える程に嫌になるが。Sだからこそ気恥ずかしいものもある。
いや、でも言えよ、俺。

「神楽、」

「ん?なに?」

「えーとさ、その…さ、お前今日のソレ…浴衣」

「?」

「…すごい真っ赤だな」

「…そうアルナ。」

―何言ってんだ俺。素直じゃないってよりこれ言えなかったら俺ヘタレだよな?それだけは勘弁したい。言え、俺。

「お前…そのさ…、今日の格好。凄く、凄く…」

碧い2つの目が俺の目をまっすぐに捉えた。一気に顔が真っ赤になる。不甲斐なくて俺は片手で顔を覆う。

「プッ」
「沖田顔真っ赤。」

ダセー
いつもあんなに

「全部わかってるネ、お前のいいたいことわかってるアル。」

その気持ちだけで十分嬉しいから。そう小さくつぶやいた神楽は俺の手をきゅっと握り締める。かっこよくキメるはずがフォローされるとは。でも俺はまたコイツのおかげで救われたわけで。本当にコイツには適わない。それにいつも俺を包み込んでくれるその優しさには感服する。

パァン

また一つどでかい花火があがる。花火に照らされた可愛くて愛しい俺の彼女。俺の口下手のせめてもの詫びに俺は少し強引に口づけをした。少し照れたように神楽はふにゃと顔を崩して笑った。




沖田がヘタレすぎてなんか違うので没。夏祭りネタを一度はやってみたかったので書いた気がする。直してちゃんと上げるかもしれません。ちなみに「言葉より大切なもの(仮」っていう某気象系グループの曲を拝借したタイトルだったもののなんかいまいちそれっぽくならず。
いつかニノ主演のスタンダップみたいな文書いてみたい。