盧笙の誕生日の話(ヒプマイ/盧笙×簓) 盧笙の受け持ちクラスを捏造してます。三年生の担任をやっているという設定。エセ関西弁注意。 「みんな、卒業おめでとう」 最後のホームルームで教え子たちに贈った言葉は、いつもの緊張とは違う理由で震えていた。 卒業式を終え、諸々の仕事を片付けて帰路についたのはすっかり遅くなってからだった。生徒たちから貰った花束を携えた盧笙が自宅近くまでたどり着くと、通りから見える自分の部屋の窓に明かりがついている。どうやら今日は簓が来ているらしい。あちらも忙しかったようで最後に顔を合わせたのは二週間ほど前だっただろうか。 外付けの階段を上がって、鞄から鍵を取り出し解錠する。玄関には見慣れたスニーカーが一足、きちんと揃えておいてあった。静かなはずの部屋の中から、彼が見ているであろうテレビの賑やかなBGMと笑い声が微かに聞こえてくる。ただいま、とリビングのドアを開けるとよく通る明るい声が返ってきた。 「おっかえりー!」 「だから、なんでおるんや」 不法侵入やぞ、と脱いだコートをかけ、貰った花束を活ける花瓶を探しながらいつも通りの悪態をつくと、簓がきょとんとした顔で盧笙を見た。 「なんでって、そんなん盧笙の誕生日祝いに来たに決まってるやん」 「……は、」 「はい盧笙! 誕生日おめでとーー!!」 じゃーん、という効果音とともに鞄の中から簓が一升瓶を取り出す。出てきたのはそこそこ値の張りそうな日本酒だった。それを盧笙に手渡した簓はニコニコと説明を始める。 「ま、これは零からなんやけどね。今日はどーしても行かなあかんとこあるらしくて、プレゼントだけ預かってきてん。ほんで、俺はケーキ買うてきたんよ。冷蔵庫に入れといたから晩飯食うたら食べようや」 ちゃーんとロウソクも歳の数だけ貰てきたんやで、と誇らしげな顔をする簓が可笑しくて思わず吹き出す。 「はは、そないな数のロウソク立てられへんやろ。でも、ありがとな。さ、飯にしよか」 「オカン今日ご飯なに〜?」 「誰がオカンやねん、誰が。……うーん、確か豚肉あったから生姜焼きにするわ。玉ねぎもあった気いするし。昨日の残りでよければ豆腐とわかめの味噌汁もあるで。あ、ご飯冷凍のになってまうけど、堪忍な」 「わーい、ろしょの生姜焼きすき〜」 「はいはい」 冷蔵庫を開けると、棚のど真ん中に簓が買ってきたというケーキの白い箱が置いてある。ロウソクがどうのと言っていたので恐らくホールケーキであろうそれは思っていたより大きかった。最近何かと忙しくてろくに買い物にも行けておらず、今日の夕飯になる半分になった玉ねぎと豚肉のパック、調味料、ビールの缶くらいしか入っていなかったためになんとか収まったのだろう。 電子レンジで冷凍していたご飯を温めている間に玉ねぎを刻み豚肉と一緒に炒め、火が通ったら味をつけて煮詰める。出来上がった生姜焼きを一枚の大皿に盛って、取り皿や箸と一緒にリビングに持っていくと、簓はテレビに飽きたのかマネージャーから仕事についての連絡があったのか、すいすいとスマートフォンに指を滑らせていた。 「ご飯もうちょい待ってな、今あっためてるから」 「うはー、ええにおい! って俺なんもしてないやん。茶碗とか運ぶの手伝うわ」 「簓も今日仕事やったんやろ? 疲れてるやろし、ええから座っとき」 「いやいや、さすがに誕生日の奴に全部やらせんのも申し訳ないし!」 よっこいしょと立ち上がった簓は食器の入った戸棚からコップと茶碗を取り出してリビングに持っていく。盧笙はその間に電子レンジから温め終わった白飯を出した。まだ少し冷たいそれを戻し、もう三十秒ほど加熱する。その間に温めなおしていた味噌汁をお椀によそって戻ってきた簓に渡す。 「そういえば、今日って高校卒業式やったんやろ?」 「ああ、そやな」 「盧笙の受け持ちって三年生やったっけ? 生徒さんたちみんな卒業してもうてちょっと寂しいんちゃう?」 「まあなあ……寂しいけど、やっぱ全員が立派に巣立ってくれて安心しとる、かな」 「そか」 「……それに寂しがってる暇ないしな。新年度の準備もせなあかんし」 仕事を終えた電子レンジからラップに包んだそれを取り出してリビングへと運び、簓が用意した茶碗にあけて一つを渡す。そして先ほど零からだと受け取った日本酒の栓を開けてそれぞれのコップに注いだ。 「んじゃ、改めて! 盧笙誕生日おめでとーう! かんぱーい!」 「はは、おおきに」 こつんと静かにコップをぶつけて、一口飲む。普段飲むのとは全く違う味わいに盧笙は目を見張った。 「……うお、これめっちゃうまいやん。さすが零」 「さっきちょっと調べてんけど、これ結構お高い奴やで。こんなんめったに飲まれへんわ」 酒の味に感動しつつ一杯目を飲み干したところで、この酒を贈ってくれたチームメイトの素行をうっかり思い出してしまい二人して黙る。 「…………」 「…………盧笙」 「…………なんや」 「……いや、やめとくわ……」 「……せやな……」 いやまさかな、とお互いに酒を買った金の出どころには触れないことにして食事を再開する。あ、と思い出したように白飯を口に入れようとした簓が動きを止める。 「そういえば普通にご飯用意してもろたけど零から貰ろた酒飲むんやったらいらんかったんちゃう?」 「んー、俺も思ったけど、明日普通に仕事やからなあ。簓は? 休みなんか?」 「明日は朝の生放送と、あとは確か……雑誌の取材が昼から、やったかな」 「忙しなあ。次休みいつなん?」 「確か来週の水曜辺りオフやった気ぃするわ」 「はー、ありがたいことやけど、身体大丈夫か? 無理したらあかんで?」 「そない心配せんでも大丈夫やってオカン!」 「だから誰がオカンやねん。さっきもやったぞこれ」 うはは、と笑いながら簓は味噌汁の豆腐を箸でつまんで口に入れた。 「そんで、盧笙センセーは? 受け持ちの生徒卒業しても休みにはならんの?」 「確かに三年の授業はないけど、まだ合否出てへん子とか後期受験の子もおるからな……」 「ほーん」 大変やね、と空になった二つのコップに二杯目の酒を注ぐ。度数の割に飲みやすく、うっかりするとすぐに空けてしまいそうになるそれをちびちびと舐めながら味の染みた玉ねぎを三分の一まで減った白米の上に載せた盧笙が今日な、と少し酔いが回ってきたのか舌足らずな声で話し始める。 「卒業式やったやろ」 「うん」 「最後のホームルームでな、卒業おめでとうなっていう話するやんか。でも俺はさ、このあがり症のせいで話しながらみんなの顔が見れへんくて……」 「うん……」 「せやけどやっぱり最後やから、可愛い教え子たちの立派な姿見たくて、顔あげたらな、一番後ろの生徒たちが“ありがとう盧笙先生!誕生日おめでとう!”って書いた横に長い紙持ってて、驚きと寂しさと嬉しさとごちゃごちゃんなって、なんかもう比喩とかやなくてホンマに漫画みたいな量の涙と鼻水がじゃばあって出てん」 「……そ、れは盧笙もびっくりしたやろうけど、生徒さんたちもびっくりしたやろな」 「いや、もう爆笑されたわ。こないに笑いとったのお前と組んで舞台上がっとった時以来や。もしかしたらそれ以上かもわからん」 「そないに!? ちょっと悔しいんやけど!? というか俺のしんみりした気持ち返して!?」 簓がドン、とローテーブルを拳で叩く。その衝撃で飛び跳ねた箸が皿から転げ落ちた。あっという間に床まで転がっていきそうになるそれをすんでのところで拾い上げて元の位置に戻した盧笙が不思議そうな顔で簓を見る。 「何を怒っとんねん」 「いや怒っとるわけちゃうねん……つい突っ込みに熱が入ってもうて……。やっぱ久しぶりに飲んだから酔うん早いんかな?」 ばつが悪そうに頭を掻いて、悔しかったのは事実やけど、と心の中で呟いて俯く。大丈夫か、と心配そうに覗き込んできた盧笙に顔を上げてへらりと笑った。 「へーきやで! 今日ロケでいっぱい歩いたから疲れとるんもあるんちゃうかな?」 「そおか? ほな今水持ってきたるから飲みいな」 「ありがとお」 キッチンに水を取りに行く盧笙の背中を見てそっと息を吐いて、すっかり冷たくなった白飯をもそもそと食べていると頭上から温めなおそか? と聞かれて首を振った。渡されたミネラルウォーターのペットボトルを開けて一口飲むとひんやりとした感覚が落ちていく。簓に倣って味噌汁の具を箸でさらっていた盧笙は先ほどの話の続きをする。 「ほんでな、もう悲しいとか寂しいとかの雰囲気なくなってしもてたんやけど、やっぱ最後はみんな泣いてたわ」 まあ俺はずっと泣いてたけどな、と持ち帰ってきた花と生徒たちのメッセージが書かれた色紙に目をやって、優しく笑う。 「盧笙、三年生の担任もつたびにやられるんちゃう? 恒例行事みたいな?」 「それは嬉しいけど、ちょっと嫌やなあ……」 「ま、どんだけサプライズでべしょべしょに泣かされても、帰ってきたら簓さんがめちゃめちゃに笑かしたるから安心してええで! 何ならおめでとうも10回くらい言ったるわ! 多めでどう? なんちゃって〜」 「安心できるかアホ。寒いねん」 なにおう、と頬を膨らませた簓を見て、今度は可笑しそうに笑った。 prev / back / next zatsu。 |