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猫の吉田氏/平吉 #

 僕は一匹の黒い雄猫を飼っている。名を吉田氏と言う。その名に深い意味はない。
 彼は実に変わったヤツで、僕が構おうとすると一向に関心を示さず寄って来すらしない。それなのに僕が机に向かい嫌々仕事に励んでいると、机の上に座り邪魔をするわけでもなくじっと原稿を見ている。内容が解るのか彼は時々笑うように鳴いた。
 そして週に何度か編集者がやってきてああでもないこうでもないと話し合いをする時も、吉田氏は僕の膝の上で丸くなってその話を聞いている。彼が僕にすり寄って来るのはその時と餌の時間くらいだ。
 ある時僕は、吉田氏がもしも人間だったらどんな感じだろうかと絵に描いてみた。丁度漫画のネタにも困っていたし、ちょっとした息抜きのつもりだった。
 顔は、きっと人間になっても無愛想なのだろう。吉田氏は他の猫と比べて、本当に若干ではあるが、目が垂れているように思うから恐らく垂れ目だ。口はへの字。髪は、黒いな。黒猫だし。あとあまり頻繁に毛を切りに行ってやっていないから、髪は少し長いだろう。服装は、普通な方がいいな。異界の住人や高貴な身分であるというならばともかく、彼は所詮僕のペット、それもふらりと立ち寄ったペットショップで酔った拍子に買ってきた猫である。取り敢えずテレビに映る芸能人を参考に、上は白いパーカーにボーダーのTシャツを着せ、下にはジーンズを穿かせる。
 ……よし。
 描き上がった絵を、ソファーに寝転がる吉田氏の所――彼は一度寄って来たけれど僕が描いているのが漫画じゃないとわかるとさっさと居なくなった――へ持って行って見せてやる。
「吉田氏を人間にしてみたんですが、どうでしょう?」
 見向きもされなかったらどうしようという考えはどうやら杞憂だったようで、彼は僕が目の前にぶら下げる紙をじっと見詰めている。そしてどうやらこれが気に入ったらしく、にゃあと鳴いて紙を捕まえようと前足を持ち上げた。
「これが欲しいんですか?」
 首を傾げ問うてみるとにゃあと返事をする。わあお。今まで吉田氏とまともなコミュニケーションなどとったことがなかった僕は嬉しくなって、ソファーの上に紙を置いてやった。彼は礼を言うようににゃあと鳴いた。
 その日の晩、僕は太股の辺りに異様な重みを感じて目を覚ました。初めは吉田氏が上に乗っかってきたのだろうと思ったがどうも違う。猫一匹の体重などたかが知れているし、膝の上に乗ってくる彼はここまで重くはない。
 妖怪や幽霊の類であったらどうしようとかとも思ったが、やはりいつまでも体が圧迫されていては眠れるものも眠れないので何がいるのかを確認することにした。もし妖怪であるなら漫画のネタにでもしてやろう。上半身を起こし電気を付ける。明るくなった室内に目を眇めて見た光景に、僕は驚愕を通り越して呆然としてしまった。
 なんと見知らぬ男が僕の膝上に丸まって眠っているではないか。道理で重いはずである。そいつは泥棒にしては間抜けで、酔っ払いにしては酒臭くない。それにこの風貌にはどこか見覚えがあった。
 瞑っていても判るほどの垂れ目、肩までありそうな長めの黒髪、白いパーカー、ボーダーのTシャツ、少しくたびれたジーンズ。確か昨日テレビで見た芸能人はこんな格好をしていただろうか。
 ふと、男が大事そうに抱えている紙に気が付いた。少し皺になったそれには見覚えのある黒猫。傍らには"吉田氏"とお世辞にも綺麗とは言えない己の字がおどっている。
「吉田氏……?」
 まさかと思いぼそりと呟けば、眠る男は薄らと目を開けた。


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zatsu。


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