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責任/平吉

 僕は女性が好きだ。
 若くて、美人で、柔らかくて、いい匂いで、小さくて、優しくて、ふわふわしている女性が大好きだ。
 それなのにも関わらず、僕が今最も気になっている人間は他ならぬ担当の吉田氏であった。理想とはかけ離れた、というかそれ以前に同じ男である彼のことを女性に抱くような情欲を持って眺めている自分に気が付いた時、僕は四半世紀と少しという短くも長い人生に別れを告げようかと一瞬だけ思った。勿論一瞬だけだったから直ぐに止めた。もしや氏に馬車馬の如く漫画を描かされ続けた結果、ありもしない感情を捏造してしまう程に頭が可笑しくなってしまったのでは。そうであるならば、その責任を何としてでもあの男にとらせるまではとてもじゃないが死ぬことは出来ない。そう考えた。
「という訳で吉田氏、責任とって下さい」
 責任とって、休みを下さい。
 今週も原稿用紙にガリガリとペンを走らせる僕の後ろで仁王立ちをしている担当に斯く斯く然々話し終えた僕はゆっくりと後ろを振り返った。彼は相変わらずの仏頂面で此方を見ていた。しかし見ているだけで、何の返答も寄越さない。阿呆なこと言ってないでさっさと原稿をあげろと怒られるだろうと思っていたから、黙っている吉田氏がだんだん恐ろしくなってきた。僕は大人しく机に向き直りペン入れを再開した。


 黙々と作業を続けた結果、あっと言う間に、と言っても実際は五時間くらいかかった訳だけれど、原稿は完成した。吉田氏に手渡せば、うんオッケーだね、とあっさりと言いすぐさま集英社のロゴが入った封筒へとそれをしまった。
 そして、普段通り次の話の打ち合わせだとか今後の予定の確認だとかを始める。さっき僕が言った話は完全にスルーなのか議題にすらあがらなかった。
 僕はもう一度言ってみようかと思った。きっと吉田氏に理解して貰えなかったに違いない。今度こそはと口を開くと彼はそれを待っていたかのように僕の言葉を遮った。
「責任、とってほしい?」
 鼻先が触れるくらいに距離を詰められ、僅かに甘えを含んだ囁きに頭がくらくらした。知らず乾いた喉が唾液を飲み下す。それが恐怖によるものではないのは明らかだった。僕は本能的に彼を欲していた。
 しかしそんな僕に気付いているのかいないのか口元に意地の悪い笑みを浮かべた担当は床から立ち上がると、僕を見下ろして言った。
「ま、そんな理由じゃ休載は無理だよ、平丸くん」
 じゃ、ネーム出来たら連絡ちょうだいねと言って吉田氏は原稿と共に部屋を出て行った。


 くそ。一瞬でもアンタが欲しいなんて思ってしまった自分に腹が立つ。


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zatsu。


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