テニスの王子様 | ナノ


クッキー/ブン真

「これ受け取って下さいっ!」

 放課後、人気のない昇降口。三年生の下駄箱の前で女子がぺこんと頭を下げ、何かを誰かに押し付けると玄関から外へと走り去っていった。押し付けられた色男は下駄箱に隠れて見えない。
 もし知り合いだったらからかってやろうと思い俺はそちらへと歩いていった。
 覗くように顔を出すと、そこに立っているのは我が部の副部長、真田であった。
「なんだ、真田かよぃ」
 声を掛けるとびくりと肩を揺らしこちらを振り向く。俺を認めるとほうと溜め息を吐いた。
「丸井か」
 心なしか、堅かった表情が幾らか弛む。
 手には先程の女子に押し付けられたらしい淡いピンクの包みがあった。中身は大きさからしてクッキー等の菓子類だろう。
「それ、どうしたんだ?」
「これか……」
 現場を見ていたが知らない振りをして尋ねれば、包みを少し持ち上げ顔を僅かにしかめる。
「先程、女子に突然渡されてな。困って居るのだ」
 名前も組も解らぬ者だったから返す事も出来ん、と暗い顔をしてまた溜め息を吐く。
「ふーん、告られたのか?」
「ちっ、」
 違う、と頬を赤く染め抗議する。わたわたと普段の姿からは想像もつかない程に慌てる真田に何となく愉快な気分が胸の奥に湧く。
 包み紙を持った方の手を両手で掴むと、不思議そうにこちらを見つめる双黒ににやりと笑う。
「じゃあこれ、俺にくれよ」
「し、しかし」
「多分甘いもんだぜぃ? 別にいいだろぃ?」
 半ば強引に奪い取った包みのリボンを解くと、予想通りクッキーが数枚入っていた。
 一枚口に放り込み咀嚼する。
 クッキーは思ったよりも甘くはなく、パサついていてあまり美味いとは言えない出来だった。好きな奴にやるような物じゃねぇな。俺ならもっと美味く作るね。
 二枚目を口に放り込み真田にちらと目をやると、複雑そうな顔でこちらを見ていた。
「食う?」
「いや、俺は」
 遠慮する、と言い終わるか終わらないうちに真田のネクタイをぐいと引っ張る。よろけて手を突いた背後の下駄箱ががん、と音を立てた。抗議の為に開いた口に一枚押し込むと、咄嗟に閉じようとしたところで人差し指が僅かに食まれた。
「真田ぁー。指まで食うなよぃ」
「ふ、ふままい」
 そう言いながらもぐもぐと口を動かし、こくりと飲み下す。その何とも言えなさそうな表情を眺めながらもう一枚口へと放り、上体を戻そうとする真田のネクタイを再び引っ張る。
 今度は僅かに開いた唇に、咀嚼していたクッキーを舌で押し込んだ。溶けかけたクッキーが唾液と混ざり、ざらりともぬるりともつかない曖昧な感触が口内と舌先でする。
 逃げようとする頭を捕らえ固定すると肩を押された。ぺろと唇を一舐めして頭を放してやると、ずるずると足元に崩れ落ちる。一緒になってその場にしゃがみ顔を覗き込むと、はっとしたように濡れた口を袖で覆った。きっ、とこちらを睨む目には薄らと涙が溜まっている。
「いっ、いいいいきなり何をする! もし誰かに、見られたらどうするつもりだ!」
 と布越しにもごもごと言う。包み紙に視線を落とすとクッキーはさっきので最後だったらしく残った粉が指先にくっ付いた。真田は未だにぶつぶつと何事かを言っていたが、もう袖で口を押さえてはいなかった。
 名前を呼べばなんだ、と素直に応じる真田に笑いがこみ上げる。
「今度美味いクッキー作ってやるよ。俺が!」
 一緒に食おうぜぃ、とにやりと笑ってやると、真田は真っ赤な顔で小さく頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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