僕らのストラトフィリア 


1 荒廃の街
 少年は、比喩ではなく、本当に永遠に降りやまない雨を心ここに在らずと行った神妙な表情で眺めていた。
彼の名はほく。彼は老廃したこの街の住人であり、孤児であった。
ひとりぼっちの少年ほくは、そのまま視線を、雨雲を突き破り天高く上り行く雪の様に白い塔へと移すと、羨望の眼差しでその塔を見やる。

 その白い塔のことを「ストラトフィリア」とこの街の人々は呼ぶ。
ストラトフィリアの入り口は兵の厳重に監視が置かれており、この街の者は自分含め入ることは許されない。しかし、それでもその塔の噂というモノはそんな街にもどのような形でかはわからないが飛んでくるもので、何でもストラトフィリアにはこの街には二度と現れなくなった太陽が存在し、絶滅したショクブツが生きているらしい。
けれどもそんな噂を荒んだこの街の者たちが信じるはずもなく、唯一それを信じ、塔の中へ入ることを夢見る少年のほくは周りの人間に、嘲笑の対象とされていた。
特にノアという少年が率いるグループの、ほくに対する態度は突き抜けて酷く、ほくもそれには悩まされていた。
 そして、そのせいもあって、彼は元々学校として使われていた廃墟で、今は子供たちのたまり場となったそこへは行きづらくなり一人、こんな教会へと足を運んでいたのだった。
教会の天井は空が見え、きれいなステンドグラスは無惨に割れて地面へと散らばっている。

「こんなところにいたんだ。」

 そんな場所なのに、不意に彼は彼以外の声が聞こえたことに驚く。そして、その声の方へ目をやると見知った顔がこちらに笑いかけていた。

「マカ…!いつの間に……。」

 少女はほくの友人であり、頭は良いが少々変わり者のほくと同じ孤児であった。
マカは戸惑うほくの横へ腰かけると同時に、「さっき」と返すと続けてほくへ問いかける。

「なに、ノアが嫌で逃げてきたんだ?」

「まあ、それもあるけど……。」

「それしかないでしょ」

「うるさいなあ。」

 思わず声をあらげたほくにマカはあきれた様に手を挙げてため息をつくと笑った。

「図星だからって怒らないでよね。」

「……ここ、あっちよりも綺麗に見えるんだ、塔。」

 そんなマカに反抗するように彼はもう一つの、ここにきた理由を言う。するとマカはわかりやすく明らかにいやな顔をして、ふうんと呟いた。

「うん…。マカ、行ってみたいと思わない? 太陽が見たいんだ、ぼく。」

「思わない。」

「でも、花は見てみたい」

 彼の提案をきっぱりと否定したマカに、ほくは不服そうに眉をひそめるが、続けて言ったマカの言葉にそんな気持ちもどこかへ飛んでいってしまう。

「はな?」

 首を傾げてその単語をほくが復唱するとマカは頷く。

「植物の一種なの。黄色とか、赤とかいろんな色があるんだって。」

 本に書いてあったの。
そう付け足した彼女の瞳はキラキラと輝いていた。いつもどこか背伸びをした発言と大人っぽい雰囲気の彼女も、このときばかりは子どもに戻るのだ。

「そんな"からふる"な色が自然に存在したの?」

 驚いて彼女に聞き返すと、マカは黙って傍らに落ちていたステンドグラスの破片を拾い上げ空に翳した。

「……昔はあったんだよ、ここにもさ。」

「……どうして、この街から"自然"は消えちゃったんだろう。」

 ほくが呟いた何気ない疑問に、突然マカはかみついた。

「あの塔だ。」


 言うとマカは憎々しげに白い塔を睨みつける。

「あの塔が喰らってるんだ。この街の自然を全部吸い取ってるに違いない。」

「そんなこと…」

 マカの言葉に、白い塔へ夢を見ているほくが弁解をしようと口を開くが、それはマカによってかき消された

「だって」

「!」

「だって、じゃあ週に一回、塔からやってくる城兵から与えられる食べ物で私たちが生きてるのは何で?」

 痛いところを突かれたほくが思わず口を噤むと、彼女はここぞとばかりに今までの塔に対する疑問や違和感を吐き出した。

「水も、食べ物も自然も全部あの塔がこの街から取り上げてるに決まってる。木も葉も野菜も私たちはこの目でそのものを見たことがない、写真でしか……。
それに、食べ物は缶に詰められた加工済みの原型を留めない生き物と植物。」
「あの塔にはそういう技術がある。でも、この街にはなにもない。あの塔から与えられるもの以外、時間が止まったこの建物と数少ない資料だけ。」

「……マカ。」

 顔の赤くなったマカを落ち着かせようとほくは出来るだけ優しい声で名前を呼ぶ。すると彼女はその声に暴走していた自分を少々恥じながら、それでも先ほどの発言を否定することはせず、ただ塔を眺めながら一言だけ言った。

「おかしいね、この世界って。」

 どうにもならない現状を、無理矢理受け入れたような言い方にほくは何も言えないまま俯く。
沈黙の中に、雨音だけがやけに大きく響いていた。




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