「…どうぞ」
今から何年か前、小学校の卒業式の日。
6年間に渡りそこそこ親交があった、やけに大人びた同級生は唐突に可愛い小袋を私に差し出してきた。
小綺麗な顔とクールな性格、小学生らしからぬ綺麗な歌声、才色兼備な文武両道。モテる要素をこれでもかという程持ち合わせ、当然の事ながら断トツで地元一のモテ男だったそいつ、基一ノ瀬トキヤ(12)
何の因果か私との間ではケンカが絶えなかったのだけれど…まあ、愛情の裏返しってやつ?なんだかんだで一緒に過ごした時間は長かったし、少ないお小遣いで楽譜を買って、放課後二人で歌う時間が何よりも楽しかった。
今だから認めるけど、私は当時から確かにトキヤのことが好きでしたよ!はい!
「あ、ありがとう…」
素直に受け取り、一言断ってから開封すると中には紫色のの綺麗な飾りが付いた物体が。
なにこれ、ふいにそう漏らすとお馴染みの私を見下していながらもかっこいい顔で
「バレッタという女性用の髪飾りですよ。馬鹿瑠奈」
馬鹿は余計です。
ムカつくほど上品な微笑を浮かべ私の反応を伺うトキヤが何だか照れくさくて直視できない。
式後に呼び出された体育館裏で2人っきりというシチュエーションに少なからずドキドキしていた私からすると、トキヤの一挙一動全てが何時もよりかっこよく見える魔法にかかっていたのであった。
「…ありがとう」
何とか捻り出してそう告げると、トキヤはとても満足そうな顔で微笑を浮かべる。
その笑顔の眩しさが頭から離れなくて、当日家に帰っても尚私の心臓はドキドキと鳴り止まなかった。
…だけど、トキヤとはそれっきりになってしまった。
卒業式の翌日、勇気を振り絞り家を訪ねてみるとそこに彼は居なくて。呆気に取られる私に、顔馴染みのトキヤのご両親が彼が1人で上京したことを教えてくれたのだった。
「音楽を学びたい」そう言って旅立っていったまだ幼い息子を心配する気持ちが彼らから痛いほど伝わって、親心を無視してまでトキヤが上京したかった理由が私にはわからなかった。
然しトキヤに直接聞きたくとも連絡手段は何も無い。
ポケットの中の携帯を握り締めながら何故今まで連絡先を交換して無かったのか深く後悔した。
…ただ、その時にトキヤのお母さんから渡された一通の手紙。それは後に私が早乙女学園を目指す直接的なきっかけとなったもので、
「いつか、私の曲を書いてください」
いつもの謎のペンギンの絵と共に簡潔に書かれたそれはバレッタと共に今でも私の宝物だ。
_そんな私が早乙女学園に無事合格、入学して早くも一ヶ月が経とうとしていた。
配属されたAクラスでは沢山友達も出来たし、特に入学して初めて話した春歌と男勝りでかっこいい友千香とは部屋も隣でいつも一緒に行動している程!沢山の素晴らしい仲間に恵まれ、大好きな音楽の勉強も出来日々幸せを噛み締めている。
…まあ、肝心のトキヤとはまだ会えてないんだけど。取り敢えず私は楽しくやってます。だから、待っててよね!
そっと髪をまとめているバレッタをひと撫でし、カフェテリアに足を踏み入れた
「瑠奈〜!!もう、遅いよ!」
少し先のテーブルに座った友千香が叫ぶ
その隣では春歌が小さく手を振ってくれ、音也・真斗・那月も私の方を見て各々反応してくれる。
いつの間にか定着した昼食時のメンバーは、男子も女子も私以外トップクラスの成績でなおかつ皆の人気者。
私なんか場違いだと思うことも度々あるけど、皆から距離を詰めてきてくれるのは素直に嬉しい 。
今でもほら、誰一人欠けずに私を待ってくれている。
…うん、平和だ
「ごめんね〜! お弁当がなかなか見つからなくて」
一つだけある空席目掛け、着々とテーブルに近づいていく。
昼食時のピークでごった返す人波をくぐり抜けやっと着席出来そうだった一歩手前、運悪く誰かの影に行く手を阻まれてしまった。
ドンッ!
「あっ」「あ」
鈍い衝撃音と共に、その人影に真正面からぶつかり、私の手にあったお弁当箱が床に落ちる
「ご、ごめんなさい…」
咄嗟に謝り、即座に拾って戻ろうとしたけれど思うように体が動かず逆に尻餅をついてしまった。
「…?」
あれ?何で?ふと前方を見るといとも簡単に状況が理解出来た。真正面の人影、手の大きさからして男の人に手首を掴まれていたのだった。
「あの、すいません…手、」
恐る恐る言ってみるけど、それは突如体全体を包み込んだ物体によって強制的に途中で遮られた。
暫し放心状態だったものの、正気に戻り周りの様子を伺っていると耳に私のものでない鼓動が伝わってきてビビり、無意識のうちに後退したら漸く視界が明るくなった。
それによりさっきまでの物体が人だったことが分かり、脳内で一つの結論に至る。
あれ、もしかして、私……抱きしめられてた?
人混みに紛れていたから目撃者は居ないと思うけど、恋愛禁止の我が校でそれを示唆する行為は良く思われない。それが例え事故だったとしても何かしら追求されるのは確認済み。
もしバレたら校長直々の説教は避けられないだろう。
そのことを考えると憂鬱で樹海に行きたくなったがふと目の前にある顔を見てはっと息を呑む。
「…え」
うそ、でしょ?
驚きで言葉が出なくて、金魚のように口をパクパクしていた私は嘸かし滑稽だっただろう。
「と、トキヤ…?」
こくこくと頷く目の前の彼。
愛おしそうに、かつて彼がくれたバレッタ越しに私の頭を撫でるその姿は昔よりもっと、ずっとかっこよくなっていて。
あの卒業式の日の出来事を思い出させるようなその微笑みは今の私には心臓に悪すぎた。
「中途半端に逃げてすみませんでした。若気の至りというやつでノリで上京したもので」
「いや、意味わかんないし…12で上京とか頭おかしいから…」
「頭は回るほうですが」
「そういう所変わってないね!流石馬鹿トキヤ。バーカバーカ」
「だから馬鹿じゃないと…。瑠奈も口が悪い所は全く成長してませんね!」
「うるさい蝋人形にしてやろうか」
「何ですかそれは。…まあ、今回のことは私が何と言われても仕方がな「でも」
「…でも?」
昔に戻ったような言い合いが堪らなく懐かしくて、楽しくて。しかしそんな気持ちを感じているのが私だけだったら恥ずかしいの極みなので、ありったけの勇気を振り絞って、聞こえてないよう祈りつつ小声で呟いた
「…また会えて、よかった」
瞬間、子供の時ですら浮かべなかった無邪気な笑顔を浮かべるトキヤ。
それを見て私はこれからの生活に思いを馳せたのであった。
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